時計には、ストーリーがある。そこに香りを重ねると、さらにどんな世界が広がるのか。ファッションと香りの関係に一過言あるスタイリスト・池田尚輝さんに聞いてみた。
A. LANGE & SÖHNE|LANGE 1 × PERFUMER H|INK
格式あるクラシックの中にモダンなこだわりが見え隠れする。真の“審美眼”をもつ人物像
TUDOR|Ranger × OBVIOUS|UNE PISTACHE
純粋に時計を楽しむ爽やかさにほんの少しの個性を忍ばせた“狙いすぎない”コンビネーション
M & Co|5O’Clock × FRAMA|1917
ただのミニマル好きじゃない。奥に潜んだカルチャーを“密に”楽しむ余裕を表現
唯一無二の存在同士を重ねるからこそ互いの魅力の可能性が深まる
これまでにもTシャツ、ニットといった服とフレグランスの組み合わせを提案してきたスタイリスト・池田尚輝さん。今回のテーマは「時計と香り」。異なる三つのタイプの時計を軸に香りとのコンビネーションについて考えてもらった。
「時計と香水はどちらもキャラクターが強く立っているものだと考えています。これまで提案してきたTシャツやニットは、香りを組み合わせることで個性を引き出していくようなイメージでしたが、時計はまた少し違うアプローチが必要だと思いました。二つの掛け合わせでバランスをとるというよりも、単体では出せない第三の表情を探っていくような感覚に近いです。例えばドレスウォッチ。時計は『ランゲ1』だとしましょう。クラシックなマスターピースですが、嫌な派手さのない“知る人ぞ知る”印象のある一本だと僕は思っていて。そこに合わせたいのはパフューマーHの『INK』という香り。名調香師と呼ばれる、リン・ハリスが手がけているブランドで、高級感はありつつも、どこか洗練されている。その世界観で現代の香水界にイノベーションを与えているような存在です。ベチバーやシダーウッドでまさにインクのような香りを表現しているのですが、そこにローズが加わることで品のよさもキープされている。これをランゲ1に重ねると上品でクラシックながらも人と少し違ったことを掘り下げる研究者のような人格が浮かび上がる気がします。それ一つでラグジュアリーなムードのあるドレスウォッチは、高級感を保ちつつもどこかに粋なモダンさを忍ばせながらつけたい。伝統的なものの中に隠された意外性を狙ってこの組み合わせを選んでみました。
次はスポーツウォッチと香りについて。チューダーの『レンジャー』を例とします。この時計の印象は“率直で爽やか”。ストレートにスポーツウォッチを楽しめるモデルだと思っています。そこにあえて少しだけクセのある香りを合わせてみる。OBVIOUSはニッチフレグランスの中でも、エントリーしやすいイメージのあるブランドです。『ユヌ ピスターシュ』はフレッシュな香りにまろやかな甘さと少しのウッディさのあるバランスのいい香り。好印象な中にわずかな個性が光るんです。複雑に考えすぎず、純粋にスポーツウォッチをつけながらも、香りはほんの少し屈折させる。“あえて”狙いすぎていない感じがいいですよね。
最後はカジュアルウォッチとのコンビネーション。M & Coの『5O'Clock』はトーキングヘッズのジャケットを手がけたことなどで知られるティボール・カルマンのデザインだと知ってからがぜん興味が湧いた一本です。そこにFRAMAの『1917』で少しの複雑さを足してみました。時計自体はミニマルなデザインですが、その裏にはカルマンのカルチャーが詰まっている。そこを引き出してくれるようなフレグランスです。ベルガモットやパチュリのフレッシュながらもどこかに渋みのあるノートが、シンプルな時計のその奥を想像させてくれるような。カジュアルウォッチの気軽さに意味のある雑味を加えるようなイメージ。“背景を知って”この時計をセレクトしている人が理想です。この三つの例のように、目に見える時計のデザインのみならず、目には見えない香りで双方の世界観を広げてみるのも、興味深い楽しみ方ではないでしょうか」