世界最大の時計展示会「ウォッチズ アンド ワンダーズ ジュネーブ」に、非欧州ブランドとして唯一参加している「グランドセイコー」。近年は日本が世界に誇るラグジュアリーウォッチブランドとして、ヨーロッパでも高い評価を得ている。一体、何がすごいのか? 人気の理由を腕時計ジャーナリストの篠田哲生氏が解説。あわせて、大人が選ぶべきモデルと愛用者の声も紹介しよう。
“品質のみ”という評価は過去の話
さんざん擦られた話ではあるが、「日本企業は、品質は高いがブランディングがよくない」といわれることが多い。かれこれ数十年も言われ続けているのもどうかとも思うが、確かにスイス時計業界の、歴史や伝統、技術など、さまざまな角度からブランドの魅力を語りかけてくるブランディング戦略の巧みさには唸らされる。
その点、日本の時計ブランドが不利であることは否めない。江戸時代まで不定時法という時間軸で暮らしていたため、西洋の時計文化が日本に入ってくるのは、明治維新以降のこと。機械式時計は14世紀から製作されていることを考えると、その時点で時計文化は5世紀分のディスアドバンテージということになる。
そういう観点からすれば「グランドセイコー」が、これだけの地位を確立したというのは奇跡的なことかもしれない。
2021年、「SLGH005」が数々の賞を受賞
「グランドセイコーが、世界的なラグジュアリーウォッチブランドとして名声を得ている」。それは日本の時計関係者が、身内びいきで祭り上げているわけではない。
例えば世界各国のジャーナリストの投票で選出される「Le Grand Prix d'Horlogerie de Genève (GPHG/ジュネーブウォッチグランプリ)」では、グランドセイコーの「SLGH005(写真上)」が2021年のメンズウォッチ賞を獲得している。
同モデルはドイツ最高峰のデザイン賞であるレッド・ドット・デザインアワードにて、プロダクトデザイン部門の最高賞「Best of the Best」も受賞し、さらには日本のグッドデザイン賞も受賞している。
2022年からは、世界最大の時計展示会「ウォッチズ アンド ワンダーズ ジュネーブ」に非欧州ブランドとして唯一参加。スイス時計文化の本丸で大きなブースを構え、世界中から集まったジャーナリストやリテーラーに、自信作を発表している。
これまでの“品質のみ”という評価は過去となり、ヨーロッパでもブランドの格やデザイン性も高く評価されるようになったのだ。
人気の理由は技術力とデザイン力
「グランドセイコー」が名声を築いた源泉とは何か? それは技術力とデザイン力である。
技術力といってもスイスの時計ブランドとはかなり趣が異なる。一般的にスイスの高級時計ブランドは、時計文化の結晶である機械式ムーブメントこそ自社で製造するが、電気仕掛けのクオーツムーブメントは、ノウハウがないため専門会社から購入することが多い。
しかしグランドセイコーでは、9S系と呼ばれる機械式ムーブメント、9F系と呼ばれるクオーツムーブメント、そして機械式時計のぜんまいがほどける力によって生じるトルクを動力源としながら、ICと水晶振動子によって正確に精度を制御する9R系と呼ばれる独自技術のスプリングドライブムーブメントの3種を自社で製造している。こういった戦略を推進する時計ブランドは他には存在せず、それがグランドセイコーの稀有なオリジナリティとなっている。
デザインもグランドセイコーを語る上で欠かせない要素だ。前述したとおり、ムーブメントの駆動は3種類。それぞれに機構が異なるため、針を動かすトルクも異なるが、デザインは統一されたスタイルで貫いているので、グランドセイコーのイメージはより強固になっている。
他とは違うグランドセイコーのダイヤル装飾
さらにグランドセイコーでは独自の技法で、ダイヤル装飾の新時代を築いている。スイス時計のダイヤル装飾といえば、19世紀に考案された「ギヨシェ」が一般的。これは金属板に筋目を彫り込んでいく技法で、立体的な幾何学模様でダイヤルを美しく装飾する。
しかしグランドセイコーでは、職人が彫った金型を使って金属板に凹凸をつくる「型打ち」技法を用いることで、さまざまな表現をダイヤル上に作り出す。しかもその表現も多種多彩。グランドセイコーの製造拠点である岩手県雫石町や長野県塩尻市の周辺に広がる白樺林や岩手山、諏訪湖や穂高連峰といった風景を表現したり、二十四節気(にじゅうしせっき)を色や装飾で表現したりと、日本ならではの風土や文化、美意識を巧みに表現している。こういった表現はスイス時計には存在せず、グランドセイコーの美しい個性として高く評価されている。
グランドセイコーの技術力は、スイスのライバルと比較しても遜色はない。その上、独自の駆動システムという個性もある。さらには日本の文化や風土を投影した美しいダイヤル表現という武器も得た。もはやグランドセイコーは、ラグジュアリーウォッチの世界において誰もが無視できない存在になっている。グランドセイコーのブランド力に気が付いていないのは、ひょっとして日本人だけなのかもしれない。
時計の機構や技術にも精通しており、スイス時計取材歴は20年近くに。時計は新しいほうが好きで結構ミーハー。