世界から一目置かれる日本の高級時計として、文化系男子が憧れるグランドセイコー。実際に買おうと思うと、数多あるモデルの中から、自分に合う1本を選ぶのは至難の業だ。そこで『教養としての腕時計選び』の著者であり本誌連載でもおなじみの時計ライター、篠田哲生さんに「初めてのグランドセイコー」指南を依頼。「歴史」「メカニズム」「デザイン」「メイド イン ジャパン」の4つのキーワードでレクチャースタート! 第3回はグランドセイコーの「デザイン」を軸に、おすすめモデルを選んでもらった。
知っておきたいグランドセイコーのデザイン
“日本らしさ”を形にする
時計を選ぶときにデザインを重視するという人は多い。人々が憧れる時計ブランドには、ひと目でそのブランドとわかる「デザインコード」がある。グランドセイコーも然り。スイス時計を目標にスタートしたグランドセイコーだが、世界を視野に入れたブランドらしく1960年のデビュー間もなく日本らしいデザインの開発にとりかかった。
「日本らしいデザインを生み出すにあたって、日本人の美の感性とは何か? を考えたときに“光と陰”というキーワードが導き出されました。日本を代表する建築である桂離宮もその陰影を感じるつくりが有名ですし、屏風も平面の連続ですが陰影によって奥行が生まれます。『陰影礼賛』という言葉に象徴されるように、光と陰が織りなすコントラストこそが日本の美ではないかと」(篠田)
こうして考案されたグランドセイコーのデザインコードを「セイコースタイル」として明文化する。
「『セイコースタイル』は3つのデザイン方針と9つのデザイン要素で定義されていますが、簡潔に言えば基本的に面と面を屏風のようにつなげて構成し、各面を鏡面で仕上げるというデザイン。針やインデックスはもちろん、ベセルやケースにも稜線を入れる難しい意匠です。しかも高度な研磨の技術がないと成立しません。こうしてスイス時計にはない、日本らしさを表現して完成したのが1967年に発売された44GS。通称“ヨンヨンジーエス”によって『これがグランドセイコーだ!』というデザインが確立します」(篠田)
44GSはグランドセイコーを代表するモデルとして、幾度となく復刻される。シャープな面構成をグランドセイコーの核に据えたことで、その後のデザインに一貫性が生まれ、グランドセイコーらしさが根づいていく。
「もうひとつ日本らしさを考えたとき、1964年に開催された世界的な陸上競技大会で公式計時を担当したことで生まれたデザインがあります。公式計時はアスリートの勝負をかけた時間の掲示をする難しい仕事です。それまでスイスのオメガやロンジンが担当してきたジャンルに、日本のメーカーが選ばれたというのはすごいことでした」(篠田)
セイコーは高精度の機械式クロノグラフと持ち運び可能な高精度クオーツクロックで大会を成功に導き、世界にその実力と存在感を示した。1960年代は時計の進化が加速したディケイドで、スポーツウォッチとして高い人気を誇るクロノグラフも、当時から熱い競争が繰り広げられていた。2000年代にトゥールビヨンや永久カレンダーなど複雑な機構の高級時計が脚光を浴びると、セイコーでもグランドセイコーにふさわしいクロノグラフの開発がすすめられた。
「クロノグラフはパーツが通常の時計の倍近くになるので、その機構をつくるには高度な技術が必要です。どのメーカーもデザインが似てくるんですが、2007年に発表されたSBGC003は、ストップウォッチを彷彿とさせる大きなプッシュボタン、縦に並べられたインダイヤルなどグランドセイコーの独自性をアピールしました。一見、変わったクロノグラフではありますが、実はそこに1964年の日本の歴史が落とし込まれていたわけです」(篠田)
「セイコースタイル」をベースにセイコーのレガシーも息づくデザイン。それがグランドセイコーの魅力でもある。1967年に確立された「セイコースタイル」は、半世紀以上人々に愛されてきた。しかしグランドセイコーは“伝統と革新”を掲げてセイコーの最高峰を目指すブランドだ。
「デザインも進化させていく必要があるだろうということで、グランドセイコーの誕生から60周年を迎えた2020年に、次の時代のグランドセイコーを描き出すための新たなデザインコンセプトとして『エボリューション9』を打ち出します」(篠田)
グランドセイコーは2017年に独立ブランドとして新たな舵を取っていた。「セイコースタイル」を文字通り進化させた「エボリューション9スタイル」は、3つのデザイン方針とそれによって導き出された9つのディテールで構成され、独立ブランドとしてのグランドセイコーらしさを生み出す基盤となった。
「『エボリューション9』には3つの進化のキーワードがあります。ひとつ目は審美性。“燦然と輝く時計”を実現すべく面構成で陰影を表現してきましたが、日本の美にはその中間にもあるのではないかと。光と陰の中間にある“ほの明るさとほの暗さ”を、それまであまり使わなかったヘアライン仕上げを導入することで美しく表現しました。二つ目は視認性。針はよりくっきり太く、インデックスをはっきり見せるために12時位置は2倍以上の幅になりました」(篠田)
審美性と視認性は従来の「セイコースタイル」を継承、進化させたものだが、新たに加わったのが装着性だった。
「三つ目は装着性で、デザインだけでなく、着けやすさも進化させました。ケースの重心位置を下げ、ラグ(ブレスレットを固定する部分)とブレスレットを太くすることでどっしり安定した装着感が生まれました。オーセンティックな『セイコースタイル』も含めて、選びがいのあるデザインもグランドセイコーの魅力です」(篠田)
【デザイン】をキーワードに選ぶ3本
Grand Seiko|SBGJ255 セイコースタイルを継承する55周年記念モデル
「セイコースタイルの礎となった44GSの55周年記念モデルとして、2021年末に発表されたSBGJ255。多面カットのインデックスや時計針、歪みのないキラリとした鏡面仕上げのベゼルなどシャープな面構成が際立つ、王道のスタイルです。44GSのデザインは2014年に発表されたメカニカルハイビートGMTモデルが、ジュネーブ時計グランプリで部門賞を受賞したことでも世界的に有名になりました」(篠田)
2014年の受賞モデルをベースにし、ケースやバンドの素材を軽くて傷がつきにくいブライトチタンにアップグレード。グランドセイコーらしいホワイトカラーに、ルミブライト(高輝度蓄光塗料)を塗布したブルースチール製のGMT針がアクセント。
ケース径40mm ブライトチタン 自動巻き
Grand Seiko|SBGC203 セイコーのレガシーが息づく独創的クロノグラフ
「クロノグラフは人気が高いので各社から出ていますが、この大きなプッシュボタンによってひと目でグランドセイコーとわかるデザインは希少です。縦に並べられたインダイヤルの効果も加わり、3時位置を上にするとストップウォッチをイメージしたデザインだということがわかります。ボタンの押し感も重すぎず軽すぎない、絶妙なクリック感に仕上げているというニッチな部分もグランドセイコーらしい」(篠田)
セイコー独自の第三の機構、スプリングドライブを搭載した信頼性の高いクロノグラフウォッチ。時刻表示はもちろん、ストップウォッチ針もなめらかなスイープ運針で高精度。GMT機能が付き、最大巻上時の持続時間は72時間(3日間)。
ケース径43.5mm ステンレススチール スプリングドライブ
Grand Seiko|SLGA009 威風堂々としたエボリューション9の最新作
「鏡面とヘアライン仕上げのコンビによる陰のグラデーションが美しい『エボリューション9』。ブレスレットが太めの、どっしり見えるデザインが好みの人にもおすすめです。裏蓋の厚さを極限まで減らし、ラグ幅を広めにすることでアクティブでありながら安定感のある着け心地を実現しました。丁寧に作りこんだ型打ちの白樺ダイヤルやシースルーバックも見事です」(篠田)
最新のスプリングドライブムーブメント、キャリバー9RA2を搭載し、最大巻上時には約120時間(5日間)稼働。パワーリザーブインジケーターを裏側に配すことで、針の取付位置を下げ、ケースの薄型化にも成功した。
ケース径40mm ステンレススチール スプリングドライブ
篠田哲生 | 時計ライター TETSUO SHINODA
時計学校にて理論や構造、分解組み立ての技術なども学んだ経歴を持つスペシャリスト。時計専門誌からファッション/ライフスタイル誌まで、多数の媒体で時計記事を執筆。著書に『教養としての腕時計選び』(光文社新書)などがある。「グランドセイコー」関連記事をもっとみる
Composition & Text: Hisami Kotakemori