世界から一目置かれる日本の高級時計として、文化系男子が憧れるグランドセイコー。実際に買おうと思うと、数多あるモデルの中から、自分に合う1本を選ぶのは至難の業だ。そこで『教養としての腕時計選び』の著者であり本誌連載でもおなじみの時計ライター、篠田哲生さんに「初めてのグランドセイコー」指南を依頼。「歴史」「メカニズム」「デザイン」「メイド イン ジャパン」の4つのキーワードで紐解くとわかりやすいということで、レクチャースタート! 第2回はグランドセイコーの「メカニズム」を軸に、おすすめモデルを選んでもらった。
知っておきたいグランドセイコーのメカニズム
世界に類を見ない、3つのムーブメント開発
時計を選ぶ上で知っておきたいのがムーブメント。時計を動かすエンジンと考えていただけば、わかりやすいだろう。基本的には機械式とクオーツ式のふたつだが、セイコーには類稀なる独自のハイブリッドムーブメント、スプリングドライブが存在する。
「機械式時計はゼンマイの力で動きます。これは時計が登場した約400年前から連綿と受け継がれてきました。クオーツ式時計は水晶振動子に電圧を加えて発生する振動を利用しています。精度という点では機械式よりも電気仕掛けのクオーツ式が勝るということで、精度を追求していたセイコーも諏訪精工舎で、1959年からクオーツ式腕時計の開発を始めました」(篠田)
スイス勢はいくつかのメーカーがチームになってクオーツ式時計の開発を進めたが、結果的にこの競争を制したのはセイコーだった。
「1969年にセイコーが世界に先駆けてクオーツ式腕時計『セイコー クオーツ アストロン』を発売しました。これによってセイコーは世界に飛躍していきますが、伝統的なスイスの機械式時計の市場が崩壊してしまいます。機械式高級時計が冬の時代を迎え、グランドセイコーも休止します」(篠田)
セイコーはクオーツの追い風を受けてハイテクウォッチでアメリカやヨーロッパに販路を広げ、1979年には日本の時計生産量が世界1位を誇ったスイスを超える。1980年代に入るとスウォッチなどの登場で時計のファッション化が進み、高精度腕時計の市場は縮小していった。
「1980年代後半にヨーロッパでは時計業界のコングロマリット化が進み、高級時計が復権します。日本でも高級時計が再びブームになると、グランドセイコー復活の要望が高まり、1988年に再始動しました。ただ、そのときには機械式時計のノウハウは失われていたので、得意とするクオーツ式でいくつかのグランドセイコーモデルを発売します。ところが『果たしてこれらはセイコー最高峰の時計と言えるのか?』と、厳しい批判が寄せられました」(篠田)
1988年に発売されたグランドセイコーに搭載されたクオーツ式ムーブメントはトルクが小さいため、太い針や大きなカレンダーを動かすには不十分だった。その結果、新作のデザインは輝いていた時代のグランドセイコーとはほど遠いものに。そこで威厳あるグランドセイコーの面持ちを実現するために、新型ムーブメントの開発がセイコーエプソンによって進められた。
「こうして究極のクオーツ式ムーブメント、キャリバー9Fが誕生します。9Fはクオーツの弱いパワーでも太い針を動かせるのがすごいところで、さらにカレンダーも瞬時に切り替えるなど高度な技術を使っています」(篠田)
1993年に誕生したキャリバー9Fは、電池交換などでゴミが入るのを防ぐために歯車を隠すシールド構造を取り入れた。ゴールド色のパーツで美しく仕上げられたムーブメントを篠田さんは絶賛する。
「見えない部分なので、普通はここまできれいにしません。電池式時計を軽視する人もいますが、セイコーのクオーツは別格。並みならぬ情熱を燃やして完成した9Fは、世界的にも高く評価されました」(篠田)
“究極のクオーツウォッチ”として絶賛されたグランドセイコーだが、1993年にはスイスの時計メーカーも機械式時計で人気を回復し始めていた。究極の時計を目指しグランドセイコーが掲げる“伝統と革新”を体現するためには、機械式時計はやはり必須というスタッフたちの情熱が勝り、新型ムーブメントの開発がスタート。
「過去の設計図を紐解いて試行錯誤を繰り返しながらも、3D-CAD(キャド)システムなどの最新技術を使って、1998年に高精度の機械式ムーブメント9Sが完成します。王道のデザインを復活させるために開発された9Sキャリバーを搭載した2モデルが発売され、本来の姿を取り戻したグランドセイコーが高級機械式時計の市場に帰還しました」(篠田)
しかしグランドセイコーの革新はここでは終わらなかった。1990年にドイツで電波腕時計が生まれ、ソーラー式なども普及し、外部要因に依存する高精度時計技術が脚光を浴びていた時代。自己完結する機械式時計は精度の面ではクオーツに追いつかない。ならば、ハイブリッドにすればいいという発想で、“機械式ムーブメントをクオーツ回路で制御する”という技術を開発した。
「この新世代ムーブメントは“スプリングドライブ”と名付けられました。ローターで巻き上げたゼンマイがほどける力を利用して、IC回路を動かし、歯車の速度をコントロールするというメカニズムです。セイコーは機械式、クオーツ式と両方の時計を手がけているだけでなく、電子技術のノウハウも持っています。だからこそ実現できたんですよね」(篠田)
1999年に誕生した“スプリングドライブ”を、グランドセイコーに搭載するためにさらに高品質化させたのが、2004年に登場した、“自動巻式スプリングドライブムーブメント”9R65だ。
「9Rというのがグランドセイコー用のスプリングドライブムーブメントの品番です。単にすごい技術を開発しただけでなく、それを熟成してグランドセイコーのデザインコードに落とし込めるところが、また素晴らしい。各ムーブメントにはそれぞれメリットがあるので、自分にどれが向いているか? これから紹介する3モデルでチェックしてみてください」(篠田)
【メカニズム】をキーワードに選ぶ3本
Grand Seiko|SBGJ203 グランドセイコーの王道デザインは機械式
「グランドセイコーといえばダイヤカットを採用した美しくて見やすい、太い時分針。それを動かすのはやはり機械式です。このSBGJ203は、1967年に発売された『44GS』を踏襲するデザインや、精度への誇りを象徴する『AUTOMATIC HI-BEAT 36000』の文字があしらわれ、GMT機能がついたキャリバー9S86を搭載しています。機械式時計は、時計文化の伝統がしっかり入っているので王者の貫禄をまとうことができます」(篠田)
グランドセイコー独自のデザイン理念を現代的に落とし込んだメタルバンドウォッチ。赤いGMT針によって、時間帯の異なるもう1つの地域の時刻が表示されるGMT機能を搭載。歪みのない鏡面、繊細な文字盤の仕上げにもハイクラス感が漂う機械式時計。
ケース径40mm ステンレススチール 自動巻き
Grand Seiko|SBGX347 エレガントなルックスが叶うクオーツ式
「クオーツ式はムーブメントを小さくできるので、エレガントなデザインが可能になります。それから巻いたり着けたりしなくても、電池がある限り動くので手間がかかりません。SBGX347はケース径34mmのミドルサイズで、Grand Seiko Elegance Collectionの名の通り、クラシックで美しく静かな佇まいが魅力。毎日時計をつけない方や、小さめのケースが好みならクオーツ式がおすすめです」(篠田)
細いベゼルやかん足(ケースとバンドをつなぐ部分)にボックス型のガラスを組み合わせたタイムレスなデザイン。独特の仕上げによってきらめく白いダイヤルが、エレガントなルックスを際立てる。
ケース径34mm ステンレススチール 電池式クオーツ
Grand Seiko|SBGA211 新しい技術をまといたいならスプリングドライブ
「機械式とクオーツ式の両方のメリットを合わせ持つスプリングドライブは、新しい技術を知りたいという好奇心旺盛な方に向いています。クオーツ式はカチカチと1秒ごとに針が動くステップ運針ですが、スプリングドライブは、スムーズに針が動くスイープ運針。電子制御されているので、流れるように動きます。左下にパワーリザーブ表示も採用されたSBGA211は、雪白という独特の文字盤を備えたグランドセイコーらしいルックスの人気モデルです」(篠田)
純白のダイヤルにブルースチールの秒針がアクセント。ダイヤルは特殊な銀メッキ加工によって純白を表現、針もメッキでなく焼き入れして着色するなどグランドセイコーらしいこだわりの製法で仕上げられている。ステンレススチールに比べて3割ほど軽い、ブライトチタンの心地よい着用感も魅力。
ケース径41mm ブライトチタンケース スプリングドライブ
篠田哲生 | 時計ライター TETSUO SHINODA
時計学校にて理論や構造、分解組み立ての技術なども学んだ経歴を持つスペシャリスト。時計専門誌からファッション/ライフスタイル誌まで、多数の媒体で時計記事を執筆。著書に『教養としての腕時計選び』(光文社新書)などがある。「グランドセイコー」関連記事をもっとみる
Composition & Text: Hisami Kotakemori