世界から一目置かれる日本の高級時計として、文化系男子が憧れるグランドセイコー。実際に買おうと思うと、数多あるモデルの中から自分に合う1本を選ぶのは至難の業だ。そこで『教養としての腕時計選び』の著者でありUOMO本誌連載でもおなじみの時計ライター、篠田哲生さんに「はじめてのグランドセイコー」指南を依頼。「歴史」「メカニズム」「デザイン」「メイド イン ジャパン」の4つのキーワードで読み解くとわかりやすいということで、レクチャースタート! 第1回はグランドセイコーの「歴史」を軸に、おすすめモデルを選んでもらった。
知っておきたいグランドセイコーの歴史
世界を目指し、世界を獲った日本の時計
なぜグランドセイコーに惹かれるのか? それは世界で認められているブランドだからというのが、ひとつの大きなポイントだ。世界で認められるまでの経緯は、まさにグランドセイコーの歴史そのもの。1881年創業の服部時計店をルーツにもつセイコーは、時計製造工場として1892年に精工舎を設立。掛け時計から始め1895年に懐中時計、1913年には腕時計を製造した。
「セイコーは日本で初めて国産腕時計をつくった会社です。1950年代には画期的なモデルを次々と打ち出して、日本人の心をつかみました。ところが1961年に、時計の輸入が自由化されることになったんです。スイスを筆頭にライバルブランドがやってくる。それでスイスに負けない日本の時計をつくるために、グランドセイコーのプロジェクトがスタートしました」(篠田)
海外時計に市場を独占され、日本の時計産業が駆逐されないように、セイコーは世界で通用する高級時計の開発に挑戦。それまでのノウハウを生かして、当時考えられる最高の技術を結集したグランドセイコーが、1960年にデビューする。
「セイコーは日本人のまじめさを象徴するようなブランドですから、グランドセイコーでも時間がしっかりと読める『実用性』を重視しました。そこで針にダイヤカットを採用します。カットの工程を増やすことで針がキラリと輝き、美しいだけでなく視認性も上がる。インデックスの両サイドをカットするなど、今までにない贅沢な仕上げを施して、スイス時計にも負けない素晴らしい時計が生まれました」(篠田)
ダイヤカットは海外でも最高級時計にしか見られない意匠。こうして完成した初代モデルからは、セイコーの本気が伝わってくる。スイス時計を凌駕する「実用的で美しい時計」の次に、グランドセイコーが目指したのは『精度』だった。
「時計はやはり精度。いかに正確に時を刻むかが重要で、それを競う世界的なコンクールが開催されています。『スイス時計に追いつき、追い越す』を目標に掲げていたグランドセイコーも、1964年から格式ある『ニューシャテル天文台クロノメーター・コンクール』に参加します。オメガやロンジンといったスイスのライバルと戦うためのスペシャルムーブメントが、飛行機の移動中に磁化しないようにパーマロイ製の磁気シールドケースに入れて慎重に運んだそうです」(篠田)
参加して3年後の1967年、同コンクールで上位入賞を果たし、セイコーは機械式時計の精度も極めた。こうしてグランドセイコーの名を世界に知らしめたのだが、世界的に評価されるためにはもう一段階、格を上げる必要があった。
「グランドセイコーの品質の良さは世界的にも認められていましたが、一方でエモーショナルな部分に欠けるという意見もありました。スペック的なものをクリアしたグランドセイコーは『デザイン』の強化を図り、ついに2021年のジュネーブ時計グランプリで『メンズウォッチ』部門賞を受賞します。受賞した時計は和な雰囲気もありますが、そこだけが認められたわけではなく、中の機械が素晴らしく美しい点も高く評価されました」(篠田)
これは映画で言えばアカデミー賞を受賞したような快挙。グランドセイコーはついにデザインも含めて、世界の高級時計ブランドの仲間入りを果たす。
「グランドセイコーは2017年に、セイコーの1レーベルではなく独立したブランドになり、2020年にはパリのヴァンドーム広場に『グランドセイコーブティック』もオープンしました。そして2022年、今年からは高級時計ブランドだけが参加できる時計の展示会、『ウォッチズ&ワンダーズ』にも参加。ファッションの世界に例えれば、ついにパリコレレベルに到達したのです」(篠田)
「歴史」をキーワードに選ぶ3本
Grand Seiko|SBGW259 クラシックでエレガントな初代モデルの復刻
「グランドセイコーが60周年を迎えた2020年に、初代モデルを定番として復刻しました。ケース径が35mmから38mmになるなどマイナーチェンジはありますが、針やインデックスのカット、ロゴは当時のデザインのまま。今見ても美しい、タイムレスな魅力があります。グランドセイコーのブランドカラー、ネイビーの文字盤やベルトがモダンさを添えています」(篠田)
初代モデルを現在の最高の技術と進化したデザインでブラッシュアップ。ケースには傷がつきにくく、軽量なブリリアントハードチタン素材を採用。裏蓋はサファイアガラスによるシースルーバックで、現代ならではのアレンジを施している。
ケース径38mm ブリリアントハードチタン 手巻き
Grand Seiko|SBGH277 超高精度を普遍的なデザインで魅せる美徳時計
「グランドセイコーが『ニューシャテル天文台クロノメーター・コンクール』でクリアした高精度技術は、その後も脈々と受け継がれ、スイス・クロノメーター規格よりも厳しい自社規格を設けるまでに発展しました。その歴史をわかりやすく投影したモデルがこちら。デザインはシンプルですが、文字盤6時位置に『AUTOMATIC HI-BEAT 36000』の文字が誇らしげに記されています。車に例えるとV12エンジンを搭載しているような超ハイスペック。なのに燃費がいいという、バランスも抜群の時計です」(篠田)
美しく磨き上げられたケース、伝統を感じるシンプルな文字盤が「燦然と輝く腕時計」というグランドセイコーのデザイン哲学を体現。毎時36,000振動(毎秒10振動)という高速振動は、外的影響を受けにくく、安定した精度をキープできるのが特徴。最大巻上時約55時間持続。
ケース径40mm ステンレススチール 自動巻き
Grand Seiko|SLGH005 格式ある賞に輝いた全方向美しい高精度ウォッチ
「2001年にスタートしたジュネーブ時計グランプリ(GPHG=Grand Prix d‘Horlogerie de Genève)は、新作ウォッチを時計のスペシャリストが審査する時計業界の一大イベント。SLGH005は時計がつくられている岩手県の風景から得たインスピレーションを、文字盤だけでなくムーブメントにも落とし込んだ情緒あふれるデザインが評価されました」(篠田)
文字盤は白樺林に着想した立体的な型打模様、ムーブメントには雫石川の流れをイメージしたストライプ模様をあしらった。四季や自然をデザインに落とし込む、グランドセイコーの哲学を反映した今作は、毎時36,000振動のハイビートで最大巻上時には約80時間駆動するハイスペック。 独自の水平輪列構造によって薄型化も実現している。
ケース径40m ステンレススチール 自動巻き
篠田哲生 | 時計ライター TETSUO SHINODA
時計学校にて理論や構造、分解組み立ての技術なども学んだ経歴を持つスペシャリスト。時計専門誌からファッション/ライフスタイル誌まで、多数の媒体で時計記事を執筆。著書に 『教養としての腕時計選び』(光文社新書)などがある。「グランドセイコー」関連記事をもっとみる
Composition & Text: Hisami Kotakemori