作り手の思想を取り込みたかった
今から30年以上前の英国車には、紳士が持ち合わせる気骨な精神とジェントルな気質、そして高い運動能力が見事に宿っていた。文化系だが体育会系な一面も持ち合わせている、ギャップ萌えだ。現行のFタイプだって格好よく高性能だけれど、ネオクラ世代のジャガーのような二面性は感じられない。そんな今だからこそ、荘厳なジャガーのグランドツアラーは、ますます見る者を惹きつける。
取材当日、現場につくと雨がぽつぽつと降りはじめた。雨に濡れないよう、うっそうと茂る林道のわきにXJSを停める。地べたに低く構えたシルエットは、獲物を追うジャガーの姿を彷彿とさせる。悪天候ですら、いや悪天候だからこそ絵になる佇まいはさすが英国車だ。
「いつ見てもため息が出るような美しさがありますよね。見飽きないというか。自分の目が慣れることがないんです。現行車の丸みよりも、人の手で描かれたような線が好きで」。
そう話すオーナーの山崎晴太郎さんは、アートディレクターとして活躍するほか、デザイナーや文化人としてのTV出演などの顔も持つ生粋のクリエイターだ。2年前、37歳の時にこのXJSを購入。現在はメルセデス・ベンツのGクラスやバイクも所有し、奥さまと3人のお子さんと共に暮らしている。
山崎さんは、手に入れた理由のひとつに「マルコム・セイヤーの思想を取り込みたかった」と話す。マルコム・セイヤーとは、ジャガーの創業者であるウィリアム・ライオンズとともに、数多くのレーシングカー、そして市販のスポーツカーを生み出した名エンジニアでありデザイナーだ。XJ-Sは、60年代を代表する名車「Eタイプ」の後釜として、1975年にデビュー(後期からXJSと表記する)。Eタイプはル・マンで連勝を飾ったDタイプのエンジンや空力性能を引き継いだ本格的なスポーツカーだったが、XJ-Sは力強いトルクでゆったりと進むグランドツアラーの性質を持って生まれた。時代はプレミアムな4座クーペがもてはやされていたこともあり、要請に応じてキャラクター性は異なったが、いずれもセイヤーの傑作。だが彼は、惜しくもXJ-Sのデビューを待たずしてこの世を去った。
「妻からは『背が低くて乗りにくい』と言われてしまったこともありますが(笑)、子どもたちは口を揃えて『スーパーカーみたい!』と乗りたがってくれます。チャイルドシートを装着していた時期もありました」。
デザインはもちろんのこと、2年間でエアコンの清掃整備を除けば大きな故障はなかったという状態のよさも、ご家族から支持を得られた一因かもしれない。乗り心地には若干の硬さを覚えたが、ネオクラシックジャガーの特徴でもある、地面をしっかりとつかんで進む「猫足」の安定感は健在だった。今回は高速道路での同乗は叶わなかったが、きっとしなやかに路面のうねりをいなすに違いない。
まだまだ乗り続けていただきたいところだが、実は山崎さん、このXJSを委託販売に出しているという。維持の難しさ、ご家族の反対などの理由で手放すわけではない。
「年に一度、気分を入れ替えるためにクルマか自転車かカメラかバイクのいずれかを買い替える習慣があるんです。昨年はカメラを新調したので、今年はクルマにしようと。実はXJSを買ってから乗り換えたい熱は出なくなっていました。それほど惚れ込んでいたんです。けれど、最近では電気自動車にかかわる仕事の案件も増えてきていて、そろそろEVのことも知らなくてはいけない、と思い乗り換えを決心しました。でもこういうクルマはずっと残っていってほしい。良縁に恵まれることを願っていますし、僕もまた落ち着いたら再びXJSに戻りたいと思っています」。
1982年、神奈川県生まれ。京都芸大大学院修士。セイタロウデザイン代表。デザインを軸とした企業のブランディング、コミュニケーション設計を中心に、グラフィックやウェブ、空間などのアートディレクションを数多く手がける。山崎さんのXJSは現在、神奈川県のジャガー専門店「Mガレージ」にて販売中。