初期のミニマルなフォルムに魅せられた
ポルシェが空冷エンジン車の製造を終えてから25年が経とうとしている。近年では水冷エンジンを積んだ初代911(Type996)や初代ボクスターの価値も見直されてきており、「ポルシェといえば空冷」という価値観も揺らぎつつある。そんなトレンドにおいても、もっとも成熟した空冷として人気を博すのがType993(以下993)と呼ばれる最後の空冷911だ。
シルバーの993は佇まいがいっそう凛として見える。有機的な稜線を描くボディに無機質なポーラシルバーの組み合わせは、ドイツの堅牢な工業製品として、また高水準なスポーツカーとして洗練を極めた993のキャラクターをよくあらわしている。革靴のデザイナーである手嶋さんは「この削ぎ落とされたのっぺりとしたフォルムと雰囲気に惚れた」と話す。
手嶋さんが選んだのは「クーペ1」と呼ばれる初期型。リアウィンドウにワイパーがないシンプルなフォルムが特徴。現行のベーシックな911(Type992)と比べると、全長は約270mm以上、全幅は約120mmも小さく、今ではかなりコンパクトな部類に入る。
中に乗り込んでみると、張り出したボディからの印象とはうってかわって、かなりタイト。当然ながら着座位置も低く、スポーツカーに乗っている実感が湧いてくる。とはいっても、日常で使えないほどの窮屈さはない。そこがポルシェの驚くべきバランスのよさだ。
「仕事の靴だってフロントのトランクに入っちゃうし、大阪や仙台の出張にもたまに行きます。思ったほど疲れないですよ。妻は911一台だけの生活を理解してくれないこともたまにあるけど、かつて僕が70年代のフェアレディZに乗っていたから“耐性”はついている気がします(笑)」
そう笑いながら、自身の工房がある浅草の空いた街並みを軽やかに流す。背後からは「フラット6」こと空冷水平対抗6気筒のドライで俊敏なエンジン音が聞こえてくる。決して派手ではないが、ガラガラガララララララ〜〜と重厚で精密な機械らしい回転音の心地よさは、空冷ならではといえる魅力だ。
はじめてのポルシェにして、空冷の最終型である993を手にした手嶋さん。ファッション業界をはじめ、ポルシェ仲間も増えてすっかり沼へと引き込まれているが、その先に見据えるのは進化した現行の911なのか、それとも……。
「やっぱり古いほうですよね(笑)。カレラもいいけど、最近は4気筒を積んだ912や914も気になっちゃって。実は気になっている物件があるんですよ。いいお話がもらえたら、もったいないけど993を手放してでも進もうかな、なんて考えることもあります」