優雅で質実剛健なグランドツアラー
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主に2ドアのスポーツクーペを「グランドツアラー」と呼ぶことがある。古くは19世紀の英国で、修学を終えた学生が欧州を数年かけて横断する長旅で使う馬車を差す言葉だった。それが時を経て、いつしか長距離移動に向いた居住性と運動性能を備えるクルマに使われるようになった。例えば、今回登場するメルセデス・ベンツのSLクラスは、誰しもが認める欧州のグランドツアラーであり、ラグジュアリースポーツカーだ。
US仕様の三代目SL(R107)に乗る久木元さんは、大阪のビスポークシャツメーカー「レスレストン」を営む二代目。紳士服のみならず、身の回りの洋品をはじめライフスタイルにまつわる物事に一家言をもつ親のもとで育てられた。
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「幼い頃は、ボルボ・850エステートやランドローバーの初代ディスカバリーなどが家にありました。漠然とですが、次第に『将来乗るなら、あの頃のクルマがいい』と思うようになっていましたね。現在、父はメルセデスのW124に乗っているのですが、『最善か無か』と謳われた80-90年代のメルセデスの質実剛健さと妥協なき物づくりの姿勢って、どこか自分が作るハンドメイドのシャツにも通ずるものがあると思ったんです。その気づきから、オールドメルセデスへの興味が一気に開眼しました」
そのなかでも特に久木元さんが惹かれたのが、R107と呼ばれる1971年から89年まで製造された三代目のSL。スポーティすぎない性格で、日常使いもできてオープンにもなる優雅な2シーターというキャラクターがぴったりだった。R107は市場価格こそあがっているが、国内のタマ数はグレードや年式を問わなければ豊富。だが久木元さんは、ここで意外な行動に出る。
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「あえて顔立ちが野暮ったいUS仕様が欲しくなってしまって。現車確認もせずに半年前にロサンゼルスのディーラーから購入しました。ある程度の整備はされた状態で日本にやってきたので、結果的にそれほど大きな問題はありませんでしたし、その後もちょっとやそっとの不具合では嫌な気分になりませんでした」
だが、現車を見ないで買ったことでこんな経験も。
「今思うと一番とんでもなかったのは、写真で見ていた以上にボディカラーが濃かったことです(笑)。元々はアイボリーのUS仕様を探していただけに、はじめは『やってしまった…』と思いましたが、オリジナルのサンドベージュのボディカラーはあまりにも美しく、次第にこれもまた巡り合わせ、と思えるようになりましたね。すっかり気に入っています」
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この他にも現行のアウディのSUVを所有する久木元さんは、「SLは完全なる趣味車、ファッションと割り切っている」と話すが…。
「気づけば通勤から近郊への出張に乗ることも増えています(笑)。現代のクルマにはない優雅な乗り心地とスタイリングに触れると、最高に気分がアガるんです」
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ゆったりとした走りといえば聞こえはいいが、この年代のV8エンジンは、当時のアメリカの排ガス規制に適合させるべく大幅なパワーダウンを余儀なくされてしまっている。だが「その物足りなさもいい」と久木元さんは心を許す。
「旧いクルマ特有のもっさりとした走りや、ワガママなところと向き合いながら日常でも惜しむことなく乗り続ける。そうしたスタンスが今の気分にフィットしています。今はSLがきてまだ半年ですが、これから先の人生も、自分のスタイルと親和性が高く、乗っていることに意味がもてるようなクルマに乗りたいですね」
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1989年生まれ。大阪のビスポークシャツブランド「レスレストン」の代表を務める。現在は、メルセデス ベンツの380SL(R107)と現行のアウディのSUVを所有。