シトロエンのハイドロ“じゃないほう”の隠れた魅力
シトロエンの古い車種は、ハイドロ ニューマティック サスペンションという独自の機構とともに知られることが多い。だがシトロエンの魅力は、通常のコイルサスペンション(バネサス)を用いたモデルにおいてもまったく褪せることがない。例えば小型ハッチバックのAXは、知る人ぞ知るバネサスシトロエンの名作だ。
シトロエンAXは1986年にデビュー。プジョー205や106とプラットフォームを共用した小型車として、98年まで製造された。フォトグラファーである加藤さんが所有するのは、89年式のTRSグレード。加藤さんはAXの魅力を「一にデザイン、二に乗り心地」と話す。確かにシトロエンらしい個性をとどめつつ、小さな5ドアハッチバックのパッケージを美しくまとめている。そしてやはり、この年代のフランス車は、柔らかなシートも相まって乗り心地が格別によく、見た目以上に直進安定性も高い。
「AXはのちにインジェクションに変更されますが、この個体は日本への正規輸入が始まった年のもので、初期のキャブレター仕様です。本国仕様にはないクーラーも一応ついていて、四季を通じてどうにか乗れるネオクラかなと。これ一台で何もかもをこなしているので、ある程度の実用性は必要です」
加藤さんがAXを手に入れたのは、ひょんな縁からだった。
「4年前にAXを買うまでは、97年式のZXブレークに10年乗っていました。ずっと直しながら乗るつもりでしたが、エンジンが大きな不調を抱えてしまって……。降りる決心がついたタイミングで、偶然このクルマと出会いました。これは運命だな、と」
それにしても、ZXブレークにAXと、ハイドロではないシトロエンを乗り継ぐ加藤さんは、シトロエン好きのなかでも相当な天邪鬼とお見受けするが。
「ハイドロでもCXやBX、C6と欲しいモデルはあります。でもBXは知り合いが何人か乗っていて。CXとC6は上位車種かつ大きいので、道具のように使いたい自分には向かないなと。それと、ZXに乗っていた頃から『5ドアのAXこそ、自分に最もフィットするのでは?』という思いがずっと頭の中にあって。実際に乗ってみると、まさしくその通りでした」
極めて単純な造りの小型車だが、話に聞いていたように一筋縄ではいかないクルマだった。
「レッカーも複数回経験していますし、エンジンからのオイル漏れがひどく、腰下を丸ごと交換したこともあります。エンジンブロックがプジョー206とほぼ共通なのが幸いでした。なので、入庫すると2〜3ヶ月帰ってこないこともあります。そうすると禁断症状のようにAXの感覚を思い出すんです。そしてついに帰ってくると、『これだよなぁ』って必ずなる(笑)。AXが日々のモチベーションになっていることを痛感する瞬間です」
加藤さんはフォトグラファーとは別に、ヨーロッパでヴィンテージの雑貨やスニーカー、古着などを買い付け、販売する「secondisco」という古物商の顔も持っている。
「クルマに限らず、使われなくなった古いモノたちを日常に復帰させることは私の悦びです。もったいぶらずに使いながら日々を過ごすことで、自ずと自分らしいライフスタイルが形作られる。そこで得られる感情はノスタルジーとも違っていて、AXと過ごす日々はとにかく新鮮です。確かに手がかかりますが、部品もアフリカや中国、中東などから意外と見つかるのでまだ乗ることができます。こうした一般ウケしないけれどいいクルマは、好きな人が維持していかないといけないですね。これからもAXのある生活を送って、日本にもまだ走っていることを知ってもらいたいです」
1978年生まれ。フォトグラファーとして広告や媒体で活動する傍ら、ヴィンテージグッズショップ「secondisco」も主宰。ヨーロッパへも定期的に買い付けに赴く。