あえて地味な2代目シティがよかった
1981年にデビューしたホンダ・シティ(初代)は、まごうことなき傑作だった。愛嬌のある丸い目に背が高い個性的なプロポーション、過激なターボモデル、そしてシティに積むことを前提に設計されたモトコンポ……まさにそれは、80年代日本のユースカルチャーを代表するアイコンのひとつといえる。
その一方で、先代がそこまでの名声を得ると、その後に続く者はどうにもやりづらい。今回登場する2代目シティは、初代とは異なるスタンスに舵を切った、真新しいコンパクトカーだった。いま改めて見ると、直線的で緊張感のあるデザインとワイド&ローなスタンスは実に格好いい。それに走りだってなかなかにスポーティだ。
「いやぁ……この地味な感じが良いんですよ(笑)」。オーナーの中川拓海さんは、嬉しそうな顔をしてシティを走らせる。5MTと組み合わさった1.3ℓの4気筒16バルブエンジンは、心地よい音を立てながらレッドゾーンまで軽々と回る。そうか、これがホンダスピリットか。
神保町にあるクラシックカーを扱うショップ、「CRANK TOKYO」に勤める中川さんは、若くしてクラシックのVWビートルとメルセデス・ベンツの190E(W201)を乗り継いできた。190Eは、5MTを搭載した「アンファング」と呼ばれる超貴重なベースグレード。なぜ、実用性と楽しさを兼ね備えたクルマを手放し、マイナーな2代目シティにいったのか。
「190Eはできすぎているところが問題でした(笑)。多少の維持費はかかりますが、特に乗り換える理由が見当たらないほど快適。もしかすると乗り換えのタイミングはしばらく来ないんじゃないか…でもこの歳でそれはマズい!と思うようになって。意識的に次を探しはじめたんです」。
仕事柄、様々なクラシックカーにも触れてきたが、中川さんがいま好きなのは、あくまでベーシックで実用的なネオクラシックだという。
「ネオクラシックの界隈では、国産より欧州車のほうが人気。だからこそ、その時代のベーシックな日本車に乗ってみたいという気持ちがありました。それにもともとオールドホンダには興味があって。そうするうちに、2代目シティの、シンプルながらも洗練されたデザインに惹かれていったんです」。
気がつけば、当時のカタログを集めるほどの惚れっぷり。だが流通している個体は少なく、もはや2代目シティは絶滅危惧種……だが諦めずに探していたある日、ネットオークションで広島県で売りに出ているのを見つけた。
「クルマ仲間たちと夜ご飯を食べてるときに入札が過熱しだして(笑)。みんなに背中を押されながら、気がついたら落札していました(笑)」。
程度はかなり良く、落札価格にも見合ったアタリの物件だった。引き取りに行った広島から東京までも無事に自走し、今のところもトラブルなく走れている。だが、先々の懸念も……。
「このクルマは国内専売で、かつあまり人気がなかったからか、部品が驚くほどないみたいで。納車時にタイミングベルトを替えておきたかったのですが、それすらないと専門店で言われて震えました。なので、一発なにか大きな故障が発生したらと思うと」。
可能な限り大切に長く乗ってほしいものだ。ちなみに、他に気になるクルマはあるのだろうか。
「サーブ99とかも気になっています。内装がお洒落なんですよ。シティは本当に質素なので、その反動で欲しくなっちゃうのかも(笑)。でもまずはシティを大事に乗りたいです。めちゃくちゃ楽しいんですよ(笑)」。
1997年生まれ。神保町のCRANK TOKYOに務める傍ら、同年代のクルマ好き2人と自動車メディア「Car City Guide」を運営。美大卒の腕を活かして、イラスト制作なども行う。