“東京スニーカー氏”ことエディターの小澤匡行がスニーカーにまつわるギモンに答える月イチ連載。今月は大切な一足を守るために、知っておくべき「加水分解」について。
僕自身、これまで数え切れないスニーカーが加水分解により天寿を全うしていきました。10代の頃に買った’70〜’80年代のスニーカーなどはほぼ全滅で、実家に帰っても怖くて触れたくもありませんし、スニーカーに寿命があることを目の当たりにしてから、収集癖がなくなりました。数万円も出して買った一度も履いていない靴が次々と逝ってしまったら、こっちの心がボロボロになります。
しかし財津和夫じゃありませんが、誰にも思い出のスニーカーがあるもの。青春の一足、また今から後世に残すべき一足を守るために、東京スニーカー氏は加水分解を専門に研究しているという美人教授の存在を知り、20年ぶりに母校法政大学を訪ねました。まるでアルコー延命財団の施設に来たみたい。ドキドキ。
1 大人用は入りませんが子どものスニーカーなら。常に50枚はストック、毎日何かしら入れて持ち歩いているジップロックのスライド式ジッパー(中)がぴったり。どこでも買えます。
100%文系脳の東京スニーカー氏は教授からの新しい知識が詰まって脳みその細胞が分解されるかと思いました。まあ平たくいえば、加水分解もそういうことです。違うか。
教授曰く、加水分解を起こすのは、ソールに含まれるポリウレタン。広義にはプラスチックです。プラスチックとはもともと英語で「変形しやすいもの」という意味で、数百個以上の長い長い分子の繰り返しになっています。ポリウレタンの基本構造には炭素のC、酸素のO、水素のH、窒素のNからなるウレタン結合に加えて、RとR’という構造があります。この“R”に何の物質を混ぜるかは自由だそうで、世の中にある多くのウレタンの“R”は主にエーテルやエステルと呼ばれ、それが水と結合して分解を起こすのです。
つまり加水分解を防ぐには水分との接触を防げば理屈上はいいのですが、意外な天敵は汗。足の裏にかく汗を靴やソックスが吸収してしまうんです。ポリウレタンは発泡スチロールみたいに気泡がたくさん残っていて、そこに水が入ると、毛細管現象のように水を閉じ込めてしまう。しかもエステルもエーテルも、そもそも水と離れたがりません。大気の影響も受けやすい高温多湿な日本、特に冬場の結露はたちが悪く、これから夏、秋にかけて蒸れた靴がそのまま結露してしまう恐れも…。
2 ちなみに大人用スニーカーはこのHefty。コストコでまとめ買いします。 3 シリカゲルは天日干しすれば半永久的に使える。 4 クリーナーと撥水スプレーは日本製のマーキープレイヤーを愛用。(右)¥1,800・(左)¥2,000 5 シール式のラップで気密性は完璧。まるでミイラ状態。これは海外のスーパーで購入。
子どものファーストシューズをどう現状保存するかを目下の課題に掲げた東京スニーカー氏は、まずスニーカーをよく洗って汚れや汗を取り、よく乾かしてから大好きなジップロックで密閉しました。水分を吸い取ってくれるシリカゲルも同封。何なら当時の写真でも入れたら粋な演出ですね。
そして外から水分が入ることを防ぐには、防水or撥水スプレーで膜を張るとより効果が得られそう。靴専用のマーキープレイヤーがオススメですね。最後に気密性をいくら高めても、紫外線によってポリウレタンは劣化します。劣化とは、化学的にいうと化学結合が切れて分解反応が進むということ。なので暗所に保管がベターです。さて、気になる結果は、10年後のこの連載で報告させていただきますね。
Illustration:Yoshifumi Takeda
Text:Masayuki Ozawa
(2017年9月号掲載)