テイクアウトの愉悦に浸る

魚久のぎんだら京粕漬切り落とし:¥1,700
明宝ハムの無添加ハム:¥1,200
桂新堂の車海老あられ焼き:¥970
高級ウニ:¥5,800
グラマシーNYの杏仁豆腐:¥460
↓
合計:¥10,130
一人の夜は、ゾンビ映画とデパ地下で1万円
――文/岡宗秀吾(テレビディレクター)
「有意義なお金の使い方」の基本は「形に残らないものを買うこと」だと思っている。
「旅行」や「会いたい人に会う」なんて「経験」を買うことはもちろんそうだし、「お花」をプレゼントするのも好きだ。中でも「食」はダントツで好きだ。
思い返せば、中学生くらいから行きつけの立ち食いうどん店で、そのお店のおばちゃんと信頼関係を築き、メニューにはない「卵とわかめトッピングに天かす多め」というオリジナルカスタムうどんを常食するなど、とにかく食べる喜びには昔から目がない。
そこで今回「デパ地下で一人の夜を楽しむためのテイクアウト」という「食」の「経験」に課金。うーむ。コレは贅沢の限りを尽くすしかないな。
まずは夜一人で楽しむならゾンビ映画だ。ゾンビ映画を観ながら食べたいものをデパ地下で買おう! ゾンビじゃ食欲が湧かないなんて人もいるに違いないが、自分はまったく気にならない。それどころか一人なんだから好きにさせてほしい! 「こりゃ楽しすぎるな…」。
はやる気持ちを抑えつつ車を飛ばして、デパ地下が巨大らしい「横浜髙島屋」に向かった。下り立ったフロアは平日にもかかわらず、なかなかの人出。60代以上の女性が多い。皆さん思い思いのおしゃれをしている印象で、やっぱり近所のスーパーとは違うなと再認識していると「ぎんだらの最後尾はこちらでーす!」と景気のよいかけ声が。なんでも半年に一度しかやらない「ぎんだら京粕漬 切り落とし」の特売をしているという。5〜6切れ入って1700円。どれくらい安いのか? ぎんだらの標準的な値段を知らないからよくわからないが、わかっていることは、自分は「ぎんだらが大好き」ってことだ。さらにコチラのお店、大正3年創業の老舗「魚久」。店員さんからも「ウチの特売チャンス逃すわけないよね?」という自信がビンビン伝わり、すぐさま行列に参加。せっかくの贅沢なのに、本身じゃなく切り落としの特売に並んでしまうところが、どうも恥ずかしいが、正直、お得なほうがおいしく感じる自分がいる。次に目についたのが「地方のうまいものフェア」的な催しで見つけた「明宝ハム」。オレンジのクラシックなパッケージが誘ってくる。「近年、老舗っぽい雰囲気で作られたデザイン」ではない迫力を感じる。岐阜県郡上市で50年以上の歴史をもつ、添加物を使わない「幻のハム」らしい。買いだな。1200円ナリ。さらにブラブラ回っていると見たことないものを発見! 海老菓子の「桂新堂」のヒット商品「車海老あられ焼き」だ。創業慶応2年!という名古屋の老舗。海老は縁起物ということで、高級な海老のお菓子だけを作っており、ご贈答に喜ばれているという。しかし、このルックス。原寸大の海老が丸々一匹おかき的なものになっている。何じゃこれ? 食べてみたい。1本970円もする! よーし。未経験にお金を出そう!と購入。ここまで買ってみて、どうも目玉がない気がしてきた…。せっかくの贅沢、夢に見てたようなことをかなえられないものか…。うーむ。そうだ! ウニだ! ウニが大好きなんだ。でもお寿司屋さんで食べるとやっぱ高価だし、際限なく食うわけにもいかない。そのリミッターは、かねてから外してみたかったヤツだ! ということで海鮮売り場に直行。さすが髙島屋、木箱にのった高級ウニがズラリと並んでいる。1万円以上のものもあるのだが、結局、サービス品になっていた5800円のヤツを購入。いや十分だろコレで。大切なウニが片寄ったりしないように平衡を保ちながら運ぶ。最後に甘いものもいっとこうということで、店舗のディスプレイにウッドが多用され、クールなビジュアルを打ち出していた「グラマシーNY」の杏仁豆腐460円。NYといいつつ、名古屋発祥らしいが、さあどうか? デパ地下での買い物終了。あらためてデパ地下にしっかり行ってみると、食べたいものが見つかるなー。
「逸話のない商品は去れ」と言わんばかりの迫力に圧倒されつつ、帰宅。早速スタンバイだ。ぎんだらもハムも焼いて、ウニもたっぷり盛る。肝心のゾンビ映画は『ドーン・オブ・ザ・デッド』、ザック・スナイダー監督のリメイクのほう。元来ゆっくり動くことに美学があったゾンビ界で、疾走するゾンビを描いた名作をセットする。さあ自分だけの時間の始まり。ココは聖域そのものだ。外で友達とワイワイやるのもいいけど、自分の住み慣れた巣で一人、ゆっくり楽しむのは特別。誰にも気を遣わない。どんな格好だろうが、いつトイレに行って映画を止めようが、タバコを吸おうが、途中で寝ちゃおうが構わない。お酒こそ飲めない下戸だが、考えうる限りの自由と贅沢を手に入れているのだ。早速ゾンビがわらわら発生する。ウニを食う。美味すぎる! でも…木箱全部は食べられない…いけない! コレではウニを嫌いになってしまう。結果、自分にとってのウニの魅力のリミットを知ることができた。「木箱半分で少し飽きる」だ。ぎんだらもハムもバッチリおいしい。長く愛されてきた理由がはっきりわかる味だ。デパ地下の精鋭ぶりにうなる。海老一匹おかきも実にめでたい味がした。派手で高価であること自体に存在意義があると感じる。杏仁豆腐もフルーツとシロップにアイデアがあってうまい。なんて食べまくっていたら、あんなにトラブっていたゾンビパンデミックが終わった。あー楽しかった。
現代社会は自分を律することを美徳とする。健康にいいものや道徳的なものは賞賛される。でも全然そうじゃない自分をバリバリ許す夜がある。それってめっちゃ大切なことじゃないですかね? どうせ夜が明ければ、またゾンビがいない朝が来るのだ。いや待て。ウニが半分あるじゃないか!? コレでまた明日が楽しみになった。
1973年兵庫県生まれ。ディレクターとしてテレビや舞台、雑誌のコラムなどで幅広く活躍。代表作に「全日本コール選手権」など。著書に『煩悩ウォーク』(文藝春秋)。