2024.06.22

【大人が読むべき仕事本】嶋浩一郎が教える! いいアイデアはビジネスから遠い本に転がっている

仕事でいい企画が思い浮かばないとき、読むべき本はビジネス書ではない! 博報堂ケトルの嶋さんが新しい視点を伝授。

嶋 浩一郎プロフィール画像
博報堂ケトル取締役
嶋 浩一郎

1968年東京都生まれ。博報堂で『広告』編集長や「本屋大賞」の立ち上げに参画したのち、2006年に博報堂ケトルを設立。常にジャンルの異なる本を3冊ほど携帯し併読している。

無駄だと思っていた知識がいずれビジネスチャンスに

 ビジネス上の課題を解決したいと思ったときに、いわゆるビジネス書や自己啓発本を手に取る人は多いでしょう。ただ僕が思うのは、ビジネスから一見して距離の遠いジャンルの本にこそ、アイデアの種が眠っているということ。そうした視点で5つの本を紹介したいと思います。

 1冊目は町田康の『口訳 古事記』。これは、日本神話が描かれたかの有名な古典の歴史書を、全編ヤンキー口調で大胆に現代語訳したもの。例えば、全国統一のために大和を目指す大王は兵士たちに対して「言うこと聞かない奴がいるから、ちょっといってどつきまわしてこい」なんて言ったりする。万事がこんな調子で、ドラマチックに物語が展開していくので読みやすいです。古典には仕事上の出世競争など、ありとあらゆる人間関係が描かれていて、ケーススタディとしてこれ以上に最適なものはないんですよ。

 小説などのフィクションにこそ、人間関係や社会の本質が描かれていることは多い。ビジネスとは、世の中の本質に眠る“新しい欲望”をいち早く見つけ出す作業だと思うんです。例えば、みんなと一緒にビールを飲まなくてもいい、という価値観が出てきたことで、低アルコール飲料や夜カフェという産業が生まれた。その点、小説家は新しい欲望に対しての嗅覚が敏感で、私たちの代わりに物語として提示してくれています。

 フィクション同様、哲学書もまた、社会を俯瞰できる最適なツール。だって、過去の天才哲学者たちが長い時間をかけて導き出した世の中の見立てや判断基準を全部本にしてくれているのですから。『武器になる哲学』は、特にビジネスパーソンへ向けて、役立つ哲学思想を50個厳選して教えてくれる本です。中でも印象に残っているのは、クロード・レヴィ=ストロースというフランスの文化人類学者が紹介した「ブリコラージュ」という考え方。南米の先住民族を研究したレヴィ=ストロースは、彼らがジャングルを歩きながら、今すぐ必要ではないけど「いずれ何かの役に立ちそうなもの」を持って帰る習慣があることに気づきます。そして実際に、それらが後々コミュニティの危機を救うことがある。非予定調和的に収集したものをいざというときに役立てる能力を「ブリコラージュ」と名づけましたが、それは企画を生み出すときの思考法にも役立つと思います。こうした発想の仕方、生きるうえでの裏技みたいなものをたくさん知れるのが哲学書です。

 アイデアを生み出すときに念頭に置いてほしい本が『フォークの歯はなぜ四本になったか』。私たちの身の回りにある実用品は、その形が当たり前すぎてあらためて疑問をもつ機会はないですよね。なぜフォークは四本の歯に落ち着いたのか? それを「便利だから」とひと言で回収してしまうのはもったいない。その形に至るまでには、あまたの試行錯誤や進化の歴史がある、それを知ると、すべてのものはまだ発展途上なのかもしれないと思えるわけです。改善の余地があって、そこにこそビジネスチャンスがある。

『天才たちの日課』という本にも、ビジネスの可能性を見つけるヒントが書かれています。これはベートーヴェンやモーツァルトといった偉人たちの日課やルーティンが161人分まとめられた本で、読んでいると特に「散歩」の習慣が多いことに気づきます。例えば、作曲家のエリック・サティは、毎朝10キロ近い道のりを歩き、郊外からパリの中心地まで出かけていたといいます。そして、サティは散歩中によく立ち止まって、アイデアを書き留めるところを目撃されていました。ここで大事なのは、毎日同じ景色を見ていると、その中にある“些細な違い”に気づけるということです。例えば、男性の育児参加が増えたことで、夕方ごろに保育園へ子どもを迎えにいく男性が増えた。毎日、店先から外を眺めていた居酒屋の店主がそれに気づき、じゃあ早めに店を開けようと思いつく─。いつもの風景にある違和感をすくい取り、そこにニーズを見いだす一例です。変化に敏感になるために、ルーティンを取り入れてみたくなる本ですね。

 最後に紹介する『アシモフの雑学コレクション』は、「すべてのイノベーションは無駄から生まれる」ということを教えてくれる本です。有名な雑学として、フクロウの羽の仕組みを新幹線のパンタグラフに取り入れたことで、騒音対策や空気抵抗減少につながった話があります。JRの社内に「日本野鳥の会」の会員がいて、その知識が生かされたのだと。アシモフが言うのは、みんなが価値あるものだと思うものはすでに発見されていて、「価値があるかどうかわからない」=現段階では無駄なものこそが革新的なアイデアになりうるということ。読書自体も同じで、最初は何の役に立つかわからないくらいの姿勢で本と向き合ったほうがいいと思います。最適化された情報だけを手に入れていてもつまらない。興味をもったらとりあえず買って、積読するのもよし。無駄だと思っていた知識が、いつか生かされるときが来るはずです。

働き方が変わる5冊

『口訳 古事記』

『口訳 古事記』
町田 康著
「汝(われ)、行って、玉取ってきたれや」「ほな、行ってきますわ」といった破天荒な文体で現代に甦る、奔放なる愛と野望、裏切りと謀略に満ちた日本最古のドラマ。¥2,640/講談社

『武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50』

『武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50』
山口 周著
「役に立たない学問の代表」とされがちな哲学は、ビジネスパーソンの強力な武器になる。経営コンサルである著者だから書けた、「哲学の使い方」がわかる一冊。¥990/KADOKAWA

『フォークの歯はなぜ四本になったか』

『フォークの歯はなぜ四本になったか』
ヘンリー・ペトロスキー著
忠平美幸訳
実用品が現在の形に進化してきた背景には、必ず不具合や失敗があった─。デザインと技術の歴史から、豊富な事例に新しい視点を見いだす、失敗からのものづくり論。¥1,870/平凡社

『天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々』

『天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々』
メイソン・カリー著 
金原瑞人・石田文子訳
古今東西の小説家、詩人、芸術家、哲学者、作曲家、映画監督はいかにして制作に向き合っていたのか。天才たちの日々の秘訣をまとめた伝記エッセイ。¥1,980/フィルムアート社

『アシモフの雑学コレクション』

『アシモフの雑学コレクション』
アイザック・アシモフ著
星 新一編訳
地球のことから、動物、歴史、文学、人の死に様まで、著名なSF作家であるアイザック・アシモフと星新一が厳選して、驚きの世界にあなたを誘う不思議な事実の数々。¥737/新潮社

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