2024.06.20
最終更新日:2024.06.20

『ありえない仕事術』上出遼平とTaiTanが、世にあふれる ビジネス書の「噓」を暴く!

映像ディレクターの上出遼平さんがまったく新しい形の“仕事本”を刊行。ラッパーのTaiTanさんを相手に迎えて、新刊の話から、ビジネス書、仕事の噓まで語り尽くす。

『ありえない仕事術 正しい“正義”の使い方』

『ありえない仕事術 正しい“正義”の使い方』
上出遼平著
噓ばかりのビジネス書業界に一石を投じる、既存の様式を破壊した、上出遼平流の新しい仕事論。2部構成に隠された斬新な仕掛けに驚かされる。¥1,650/徳間書店

上出遼平プロフィール画像
映像ディレクター
上出遼平

ドキュメンタリー番組「ハイパーハードボイルドグルメリポート」シリーズ(テレビ東京)の全制作過程を担う。現在は米ニューヨークを拠点にして、映像、小説など幅広く制作。

TaiTanプロフィール画像
ミュージシャン
TaiTan

ヒップホップユニット・Dos Monosのラッパー。ニューアルバム『Dos Atomos』を5月にリリース。Podcast番組「奇奇怪怪」、TBSラジオ「脳盗」のパーソナリティとしても活動。

ビジネス書の形を借りて表現したかったもの

TaiTan 読みましたよ、『ありえない仕事術』。めちゃくちゃ面白かったです。

上出 これまでも仕事術の本を書いてほしいという依頼はあって。でも自分が書くのは傲慢な気がして避けてたんだよね。

TaiTan 世の中のビジネス書に対して疑念を抱いていたとも書いてましたね。

上出 成功者の語るインスタントな仕事術に人々が飛びつく状況への違和感があった。仕事なんて地道にやる以外ないと思っていたから。でも、ビジネス書の形を借りて自分の伝えたいテーマを描けるような本なら作ってみたいと思って。

TaiTan その結果、書店のどこに並べればいいかわからない本が完成したと。

上出 そうそう。『ありえない仕事術』は2部構成になっていて、第1部では僕が10年間マスコミ業界でサラリーマンをやってきた人間として、アイデアの出し方やアウトプットの手法について紹介している。ただ、第2部からはガラッと様子が変わるんだよね。

TaiTan 僕は上出さんが普通に仕事の本を書くはずがないと思って、あとがきから読みましたよ。案の定でした(笑)。

上出 さすがだね。でも、既存のパッケージを使って新しい提案をすること自体は、僕が仕事の中でずっとやってきたことだから。そういう意味では、トータルで噓偽りのない仕事本になったと思うよ。

TaiTan 僕がこの本に関して上出さんと話したかったテーマが、まさに「仕事の噓」なんです。上出さんはドキュメンタリー制作という、真実と虚構の両面をもった仕事をしている。僕は僕でポッドキャストやラジオをやってますけど、そこで話している僕はほとんどが虚像なんです。いつかこの仕事上の噓にのみ込まれる日が来るんだろうなって怯えてます。

上出 わかる。この本は、僕自身の仕事に対する苦しさの表れなんだよね。僕は自分の考える“正しさ”を表立って語ろうとする節があって。でも、完全に正しい人なんていないから、そこには常に噓がつきまとう。そして、自分で耐えられなくなるときが来る。だから、僕の語る仕事術には、自己批判的な目線も入ってると思う。さらしたんだから許してくれって読者に甘える気持ち(笑)。

仕事での噓やズルは周囲に絶対にバレている

上出遼平×TaiTan

TaiTan 「噓」や「ズル」が社会から受け入れられなくなっているという話は本の中でもしていますよね。

上出 「ヤラセ」的な演出が粛正されたことで、ドキュメンタリーが求められるようになったという話ね。仕事上の噓やズルは絶対にバレるということも書いた。

TaiTan そこには強く共感していて。たくさんの人を巻き込んで仕事をしていると、明らかに不誠実なことをしたのに、まるでバレていないかのように振る舞う人と出会うことがあるんです。そういうときにはどうしたらいいんでしょう?

上出 非常に難しい話だよね。でも、どんな職場でも起こりうる現象だと思う。僕の場合は、周囲に期待しすぎない。作品に対して並々ならぬ思いをもっているのは自分だけだと考える。当然、責任も自分で背負う。「助けてくれる人がいたら幸福」くらいの感覚でいないと、健全なものづくりなんてできないと思ってる。

TaiTan ただ僕としては、最大の責任は僕が背負うけど、あなたの持ち場における責任はあなたにあるんだよっていうことを理解してもらいたいんですよね。

上出 確かに。僕も作品に対する思いを共有していない無責任な人が制作過程に介在する状況にはうんざりしてる。

TaiTan そうなんですよね。僕はずっと、自分が分裂するような感覚があるんです。チームの中での僕自身の役割がある。でも、任せたつもりのほかの責任者が曖昧なままボールを投げ返してきたり。まあ、マネジメントの問題だとしたら僕が悪いとも思うんですけど。そうなると上出さんの「期待しない」っていうスタンスはいいのかもしれないですね。

上出 そうね。期待ってほんとに諸悪の根源だから。恋愛も友人関係もそうだけど、期待していいことってこの世界には一つもないと思う。とにかく期待しないことが自分の心の健康のためには重要で。ただ、人は期待されることで力を発揮することもあるので、そういうメッセージを絶えず打ち出していくことも、これまた重要なんだよね。だから、ほどほどに期待はするけど、心の底では「最後は自分でやる」って思っておかないとうまくいかないよなってよく考える。

TaiTan 期待するかどうかはさておき、一緒に仕事をしたいと思える相手って、特別な才能があるとかよりも、「この人なら最後までやりきってくれるはず」って感じる人じゃないですか?

上出 そうだよね。本にも書いたけど、ものづくりの最後の最後は忍耐力。どんなに優れたスキルをもっていても、それを発動し続けられないと意味がないし。

TaiTan もちろん頑張りすぎることの弊害も理解してますけど、そういう努力に対する評価が抜け落ちているんじゃないかと感じていて。例えば、業界で名の知られた人をチームに入れたところで、そこにポジティブな影響ってほとんどないんですよね。むしろ、誰にも見えないところで、誰かが放棄した“仕事とも呼べない何か”を黙ってやっている人のほうがチームには必要なんじゃないかと。

上出 それに関しては、SNSで誰もが有名人になれるようになったこともネガティブな影響があるように感じるな。目立つものばかりが求められて、本当に大事なことが見落とされているというか。

TaiTan それって、まさしく上出さんが世の中のビジネス書に対して抱いていた違和感と同じですよね?

上出 そうそう。「楽して成果を出す」なんていうのは、すべて噓だよ。人の感情を揺さぶるものをつくるためには、やっぱりそれなりに血生臭い努力がいる。お客さんの多くは、その血の臭いを嗅ぎ取って心を動かされるわけで。楽してお金を稼ぐ方法があるとしたら、それは何の価値も生んでいないし、何かを右から左へ流すことで実態のない利益を貪ってるだけ。そういう生き方がしたいならいいけど、長続きはしないんじゃないかな。

オルタナティブでなければ仕事は成り立たない

TaiTan 僕からもう一つ言えるのは、仕事に満足した人間の話なんて聞くに及ばないってことですね。多くのビジネス書はそういう人が書いてると思うんですけど。僕の場合は、自分の報われない気持ちを救ってくれるような、ハングリーに闘い続けている人の本に惹かれます。

上出 僕にとっての仕事本は、新しい表現へのきっかけを与えてくれる本かもしれない。結局、オルタナティブを求め続けないと仕事は成り立たないんだよね。それはどんな仕事においても共通して重要なことだと思っていて。どんな職業の人でも、日々の仕事を自分の人生のどこに位置づけるかを考えることってすごくオルタナティブな仕事術だと思うし。だからこそ『ありえない仕事術』は、クリエイティブ職以外の人にも届いてほしいと思いながら書いた。

TaiTan 本当に誠実な仕事本だと思いますよ。でも、この本には大きな噓がありますよね?

上出 どこだろう?(笑)

TaiTan 文中で「凡人の凡人による凡人のための仕事術」とうたってるところですよ。上出さんは全然凡人じゃないし、それを自覚してるはずですもん。

上出 自覚してないよ(笑)。まあ、それも含めてどんな真実と噓が書かれているのか、ぜひ読んで確かめてください。

必読仕事本リスト

上出さんのおすすめ!

『不道徳教育講座』

『不道徳教育講座』
三島由紀夫著
「内なる欲望から目を背けず、真に悪徳の実現を目指す本書は、このどうしようもない社会でものづくりを続けようとする自分にとって必携の仕事本です」。¥704/KADOKAWA

『一九八四年〔新訳版〕』

『一九八四年〔新訳版〕』
ジョージ・オーウェル著 高橋和久訳
「現実を細かく観察し、人間の振る舞いを身体の芯から理解することがすべての基礎である、と教えてくれた最重要書です」。¥990/早川書房

TaiTanさんのおすすめ!

『ありえない仕事術』上出遼平とTaiTaの画像_2

『おそめ─伝説の銀座マダム』
石井妙子著
「ビジネス書は読まないけど、ビジネスの裏側に迫った本は大好物。この本は銀座にあった伝説のバーがどのように成功し、そして衰退したかが描かれています」。¥880/新潮社

『ありえない仕事術』上出遼平とTaiTaの画像_3

『スタジオジブリ物語』
鈴木敏夫編
「数多くの名作を生み出しているスタジオジブリ。その背景には資金の問題や過酷な制作スケジュールといったリアルな世界があることを知り衝撃を受けました」。¥1,760/集英社

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