2024.01.12
最終更新日:2024.03.08

【40歳からのメシ旅・長崎編】「昭和なトルコライスがエモい!」|爆食ウィークエンド72hours! @ 長崎くんち祭り(中編)

長崎の氏神である諏訪神社の秋の大祭、「長崎くんち」が10月7日・8日・9日に開催。この名物祭りと美食を求め、編集部員の薬師神と北條が二泊三日で現地に赴いた。構成は3本立て、滞在2日目となる中編のメインはトルコライスだ!

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(前編)のつづき。

編集部員の薬師神と北條が赴いた「40歳からのメシ旅・長崎編」、滞在2日目は昨日とは打って変わっての快晴。ホテルから小走りで純喫茶「珈琲富士男」に直行し、昭和な佇まいの店構えに夢中でシャッターを押す薬師神。店前には9時の開店前から行列が!


ここで今回のメシ旅の趣旨を改めて。昨年の10月7日・8日・9日の3日間、長崎県長崎市の氏神のひとつである諏訪神社の秋の大祭、「長崎くんち」がコロナ禍前の2019年以来となる4年振りに開催された。この名物祭りと美食を求め、編集部員の薬師神と北條が長崎の地に二泊三日の予定で降り立ったのだ。






【40歳からのメシ旅・長崎編(2泊3日)】のメンバー

副編 薬師神(パイセン)プロフィール画像
副編 薬師神(パイセン)
165cm・60kg。ランチの行きつけスープカレー店「ネイビーズ」にてライスは50円引きの微盛り(80g)でトッピングに凝る。ドトールのヨーグルン定番化運動の旗手。甘党。下戸。
ウェブ担当 北條プロフィール画像
ウェブ担当 北條
185cm・90kg。同スープカレー店でライス特盛り(400g)の上、超特盛り(600g)を裏メニュー化。幕の内弁当が苦手で丼もの好き。焼肉はおかず派。サラダの意味がわからない。





富士フイルムのハイスペックミラーレス一眼「FUJIFILM X-Pro3」を着こなしのワンポイントとして首から提げた薬師神が(ほぼ)撮影担当、文化系大食漢の北條が食担当。薬師神と北條の長崎珍道中を流し読みしつつ、長崎グルメと異国情緒あふれる観光スポットをチェックしながら、1634年発祥の国指定重要無形民俗文化財「長崎くんち」(祭り)を楽しく学ぼう!









④珈琲冨士男:食べるミルクセーキ

長崎市鍛冶屋町2-12




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常連は毎日通い詰める「珈琲冨士男」は、戦後の復興から間もない1946年に創業。開店前の行列でカウンターを含む20席が埋まってしまった。レトロなメニューを手に朝っぱらからテンションが高い薬師神、まずはオリジナルブレンドの珈琲(490円)を注文。

薬師神:喫茶店好きのボク。今回の長崎出張の主たる目的は「珈琲冨士男」であるといっても過言ではありません。ホテルの朝食もいいけど、長崎の歴史を感じつつ、ここでモーニングを堪能したい。


北條:二日酔いのなか、2023年で最も早起きした日でございます。「カレーは飲み物」は理解できますが、「食べるミルクセーキ」ってなんですの?


薬師神:朝食の締めに頼んでみようよ。



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地元民から「しあわせの黄色いサンドイッチ」と親しまれている「エッグサンドセット」(890円)を食す薬師神。北條は軽めの「バタートースト」(330円)から、「フルーツサンド」(730円)へと単品注文を重ねる。

薬師神:エッグサンドはマスタード抜きです。てか、朝からそんなにパンを食べて大丈夫?


北條:もんじゃとお好み焼きみたいな。片方は焼いてますし片方はお菓子ですしぜんぜん別腹。



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そして朝食の締め、「ミルクセーキ」(700円)がこちら。ストローよりもスプーンが適当。超濃厚がゆえ、別名「食べるミルクセーキ」と呼ばれているのだ。

北條:じゃりじゃりとした食感で満足感が半端ないですし、甘さも際立っている。この甘味への過剰な注力は、18世紀初頭に砂糖の輸入量が年間2,000トンを超え、砂糖の専用蔵が設けられていた出島を擁する長崎のDNAなのでしょう。当時は日本で唯一、西ヨーロッパに開かれた貿易の窓口でしたから。


薬師神:むむ。冨士男ではボクが主役だと思っていたのに。知識ひけらかして語りだしたよね。


北條:出島の跡地に行かねばです。


薬師神:うむ。


北條:そうだ。以上のラインナップで注文すると、手作りがウリの「珈琲冨士男」では1時間以上かかります。時間には余裕をもってご来店ください。









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メシ旅の合間に駆け足で長崎観光。「珈琲冨士男」の後は1634年に江戸幕府の対外政策の一環として長崎に築造された人工島である「出島」の跡地へ。1641年に平戸からオランダ商館が移転され、1859年までの218年間、日本で唯一西欧に開かれた窓として出島を通じた貿易が行なわれた。日本とオランダの貿易は最も活発で、日本の近代化に大きな役割を果たす。

薬師神:なぜにオランダばっかり?


北條:えっ!?


薬師神:あっ。


北條:そりゃあ「日本への来航は布教ではなく貿易を目的とします」とオランダが縛りとして約束したからですよ。そのため、幕府は西洋諸国との交易禁止後も出島をオランダ船の貿易港として積極的に保護したのです。高校時代に学んだ日本史と世界史の教科書的な上っ面の情報が、いま私が踏みしめている出島跡地で、文字通り地に足の着いた知識になりました。


薬師神:ディック・ブルーナさんもオランダのユトレヒト生まれ。ミッフィーかわいい。


ちなみに、ペリー来航によって日本が開国した後の出島の変遷について。1856年締結の日蘭和親条約締結によってオランダ人の長崎市街への出入りが許可され、同年には出島開放令で出島勤務の日本人役人が廃止、1859年には出島のオランダ商館も閉鎖されて1899年まで外国人居留地となった。扇型の敷地は1882年から始まった港湾改修で埋め立てが進められ、1904年には完全な陸続きになってしまった。


薬師神:お堀とかリバイバルさせたのね。


北條:御意。


出島が国の史跡として登録された1922年時点では、道路を除くすべての土地が民有地であった。1937年に出島が存在した範囲を示すための鋲が道路に打ち込まれ、1951年頃から長崎市が復元整備事業をスタート。現在は「出島和蘭商館跡」として建物や景観を当時の資料を基に復活させた観光名所になっている。


北條:これぞ、大人の社会見学。出島からユネスコの世界文化遺産へ行ってみましょう!


薬師神:えっ、どこ?









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坂の街、長崎。出島の次は「大浦天主堂」へ。1933年に国宝に指定され、原爆による損傷の修復が完了した1953年に再度国宝に指定。さらに2018年にはユネスコの世界文化遺産にも登録されている。国内に現存する最古のカトリック教会であり、250年余り続いた禁教下で信仰が生き続けていたことが証明された聖地だ。正式名称は「日本二十六聖殉教者聖堂」。

薬師神:日本二十六聖人とは?


北條:日本で信仰を理由に処刑された初めての殉教者で、キリスト教に脅威を感じた豊臣秀吉の命令により1597年に処刑されたフランシスコ会宣教師6名と日本人信徒20名のことですって。天主堂の中には踏絵のレプリカもありました。


大浦天主堂はフランス人のための祈りの場として、殉教した26人の聖人に捧げる教会として、1864年にパリ外国宣教会によって建設。その翌年、浦上村の潜伏キリシタン十数名が大浦天主堂に訪れ、神父に信仰を告白。約2世紀半にわたる禁教・弾圧下に起きたこの「信徒発見」は、日本には信徒がいなくなったと考えていたヨーロッパの人々に衝撃を与えた。「日本之聖母像」はこの告白から約2年3カ月後、奇跡的な出来事を記念して天主堂の門前に設置された。


薬師神:アーメン。


北條:なお、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は2018年7月に世界文化遺産に登録。関連ってことは長崎と天草地方にいろいろあるみたい。


薬師神:信教の自由!









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大浦天主堂の次は、「グラバー園」へ。横浜・神戸・函館・新潟とともに日本の主たる外国人居留地だった長崎の地で実業家として活躍したスコットランドの貿易商人、トーマス・ブレーク・グラバーの邸宅をはじめとする3棟の国指定重要文化財と、長崎市内に点在していた伝統的建造物が移築復元されている。

北條:坂の下にさっきの大浦天主堂が見えます。初日と打って変わって快晴になりました。


薬師神:ここでアフタヌーンティーしたいところだけど、そろそろ市街に戻ろうか。









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長崎市内の歴史的建造物を爆速観光した薬師神と北條、坂下に降り、中央公園近くの賑町(にぎわいまち)で突然の人混みに巻き込まれる。そう、この中央公園とは、「長崎くんち」の中日に演し物(だしもの)を奉納する祭礼が催される主要エリアだ。

薬師神:なんだろう、あの黒い物体…。


北條:もしかして?


薬師神:昨日、雨でビニールシートに覆われた演し物かしら。昨夜は赤で、今日は黒いね。


北條:ホテルに飾ってあった「長崎くんち」のポスターを思い出しつつ、奥まで行ってみましょう!



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薬師神:クジラさん。ハッピの「万」は?

北條:万屋町の奉納踊、「鯨の潮吹き」です。想像していたよりもめっちゃ鯨でしたね。ドラクエでレアアイテムに遭遇したようなワクワク感があります。


この日は3日間の日程で開催される「長崎くんち」の最終日である「後日」にあたる。本来ならば前日の「中日」に中央公園で催されるはずの奉納踊が雨天順延し、タイミングよく祭りのメインストリームに巡り合えたのだった。中央公園を離れても踊町(おどりちょう)有志たちによる威勢のいい掛け声と祭囃子が鳴りやむことがない。鯨の背中からは本当に水しぶきが上がると、沿道からは大歓声が沸いた。


薬師神:このまま市内を練り歩くのかな。


北條:そのようです。中央公園は祭りのメインスタジアムで、演し物と奉納踊は公園を離れて市街へと派生していきます。おそらく目的があるはず。


薬師神:なんのためだろう。とりあえず坂道を登ったり降りたりしてお腹が空いたよ。


北條:眼鏡橋の近くにトルコライスの名店があります。ランチは長崎名物の洋食にしましょう。









⑤コロッケ:トルコライス

長崎市東古川町3-23




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薬師神:トルコライスの語源は?

北條:たしか世界地図…。


薬師神:まじっすか。


諸説あり。ナポリタンをイタリアに、ピラフをインドに、トンカツを地理的中間地点のトルコに見立てて、盛り付け全体観が東西の懸け橋となっている様を称して「トルコライス」と名付けた説が有力。ほか、ナポリタン・ピラフ・トンカツの3品が3色トリコロールだからトリコ、そこからトルコに転じた説などがある。


北條:とにかくボリューム満点の長崎のご当地グルメです。お店のマスコットも可愛い。


30分ほど並んでから入店。ずらりと並んだトルコライスのメニューから、北條はトルコミックス(1,180円)を、薬師神はトルコハンバーグ(1,300円)を注文。トルコミックスは一般的なカツレツではなく、3種類のコロッケがミックストッピングされたトルコライスだ。そもそもが三位一体ゆえ1種類限定だと早合点していた2人、これほどのバリエーションを想定していなかった。


北條:ナポリタンとピラフはあっても、直球勝負のカツレツは置かないのね。なぜ?


薬師神:さすが店名が「コロッケ」だけある。ボクはハンバーグで味変してみるよ。


ファッションの世界でも同じことが言えるが、定番こそ、時代に合わせて変化を許容するもの。トルコライスの本場に感じた懐の広さは、具材はもちろん、午前中に観光した出島跡地、大浦天主堂、グラバー園など異国文化と共存する長崎の街と地続きだった。1975年に創業し、幼少時の思い出とリンクする大人男子も多いという長崎ローカルメシの筆頭に挙げられる「コロッケ」。山小屋風の店内に飾られた昭和ムードのオブジェたちが、訪れる者たちの涙腺を刺激する。


北條:イメージ通りの味でわかりやすくて大満足。東京の商社とか、店を拡張したりチェーン店化してくれないかしら。東京で毎日食べたい。


薬師神:そういうのやめてさしあげて。






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長崎のソウルフードで鋭気を養った2人、眼鏡橋でまたもや「長崎くんち」に遭遇した。演し物は中央公園で奉納済みの時間帯だ。なにかが違う。

薬師神:チャイナ服でぺこり。お知り合い?


北條:大陸風の恰好をした女性が先頭に立って、お店に挨拶していますね。あれは錫杖かしら。


薬師神:竿に「花」と書いてあって、数字の4、3、2、1と順番に挨拶…。わかった。カウントダウンだ!


「本石灰町です。ただいま呈上に参りました」

「御苦労様です。御花はお届けに上がります」


北條:日本語はわかるけど、日本語の意味が分からない。先ほど街角で見かけた「万屋町」の奉納踊である「鯨の潮吹き」も、これだった?


薬師神:ということは、1の後ろに…。



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予想通り、本石灰町の奉納踊である「御朱印船」が到着。7年の持ち回りで奉納踊を披露する当番町の「踊町(おどりちょう)」が、諏訪神社での奉納を済ませた後に、街に繰り出して個人宅や商店に演し物を呈上して回る。この一連の流れは「庭先回り(庭を打つ)」と呼ばれ、本場所での奉納踊よりも短い1軒用のショートバージョンが演じられる。呈上先の家内安全と商売繁盛を祈願する、いわば縁起担ぎだ。


薬師神:具体的には?


北條:「御花」を集めているようです。


薬師神:もっと具体的には?


北條:俗な表現ですと、集金かと。


薬師神:それは俗過ぎる。


お祝いの金品や庭先呈上のお礼は、ぼかした表現で「御花(おはな)」と呼ばれる。奉納踊のショートバージョンを個人宅や商店の庭先で呈上し、踊町の帳面方は呈上先の名前を書き入れた「呈上札(ていじょうふだ)」を主に渡し、呈上を受けた主は住所と名前を書いた「花紙」を約束手形として帳面方に渡す。その場で現金を渡すのではなく、3日間の祭り終了後に当該地区を担当する町事務所へ届けるシステムだ。長崎市からの補助金はあるものの、毎年の「長崎くんち」における踊町の必要経費は、寄付金、協賛金、奉賛金、そして「庭先回り」での「御花」が主たる財源になっているのだ。


薬師神:滞在初日の前編で紹介した「タイチ寿司」の「呈上札」とここで繋がったよ。あの大将も庭先回りで奉納踊の呈上を受け、呈上先の名前(タイチ寿司)を書き入れた呈上札を貰い、店内に飾っていたのか。


北條:観光客にとって、飾られた呈上札は「地域に密着した由緒正しいお店ですよ」の保証みたいなもの。双方にとってウィンウィンの関係です。


本場所での奉納踊がひと段落した後も、市内の至る所で祭囃子が聞こえ、バラエティ豊かな奉納踊を追っかけで見物でき、長崎が一丸となって家内安全と商売繁盛の縁起を担ぐ。担当地区における効率の良い「庭先回り」は踊町の帳面方の腕の見せ所でもある。


北條:この不意の邂逅こそ、祭り2日目の「中日」に催される奉納踊を終えた後、最終日の「後日」まで楽しめる「長崎くんち」のもうひとつの醍醐味かと。


薬師神:いかにも。









⑥ちりんちりんアイス:屋台アイス

眼鏡橋付近(長崎市魚の町と諏訪町の間)




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西日が眩しい10月の眼鏡橋。何軒もの「庭先回り」を遠くから立ち見で見物しているとさすがに暑くなってくる。そんなときは、前田冷菓が屋台販売する長崎名物「ちりんちりんアイス」(300円)でエネルギーチャージしよう。屋台の来訪を知らせる鈴の音が心地よい。鈴の音がなくとも大行列ですぐわかる。

薬師神:甘党が暮らしやすい街、長崎。


北條:夕飯はどうしましょう?









⑦トラットリア ウーゴ:イタリアン

長崎市長崎市油屋町1-10




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長崎滞在2日目の夜は、昨日とは趣向を変えてイタリアンの名店へ。思案橋ちかくの「trattoria UGO(トラットリア ウーゴ)」にお邪魔した。アペリティフを待つ間、ただならぬ祭囃子と太鼓の音が気になってエントランスに出てみた薬師神、そこにはなんと…。

薬師神:数字の1を掲げた万屋町の女子とこんばんは。もしかして、昼過ぎにグラバー園から降りたときに見かけたクジラさんに、これから会える!?


北條:しかも、店の中から見物できる!?


これはディナータイムと「庭先回り」が偶然にもバッティングした奇跡だ。「トラットリア ウーゴ」の店先にて、シェフを務めるご主人とホール担当の奥様、そして薬師神と北條が待機。これはワクワクドキドキ!



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心も味覚もお祭り騒ぎのなか、「ハガツオとケッカソース」や「対馬永尾さんの原木しいたけのタリオーニ(手打ちパスタ)」などをフルコースで堪能。特に「対馬永尾さんの原木しいたけ」は、クヌギ・コナラ・アベマキなどの原木を伐採し、しいたけ菌を打ち込み、山間地や森林部の自然の中で育てる原木栽培で採れた一級品だ。肉厚で身が締り、芳香な香りと味わいが特徴。

北條:しいたけ食わず嫌い歴40年来の私にとって、一大パラダイム転換を引き起こした原木しいたけパスタ。これを食べるために長崎に来たいくらい。


薬師神:しいたけ好きのボク、感動の味でした。エントランスで庭先回りを見せてくれた粋なサービスも嬉しかったです。ごちそうさまでした!


レジ横では「川船呈上 船大工町」の呈上札の隣に「鯨呈上 万屋町」が加わっていた。「40歳からのメシ旅・長崎編」2日目の夜、祭り最終日にして「長崎くんちの歩き方」を肌で理解した薬師神と北條だった。









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オマケの1枚。

薬師神の会計中、店の外を見やると石畳にチョークで書かれた「万」の字があった。市内各地で発見できるこの印は、交通整理のマークのように、踊町が「庭先回り」を行なう目印だったのだ。


北條:トボトボと下を向いて歩いていても新たな発見がある「長崎くんち」。殴り書きされたチョークの跡に、笑顔で現れるフレッシュなカウントダウン女子、庭先回り、伝統の奉納踊、ありがたい呈上札、そして踊町の若い衆と店主の笑顔を想い出してしまうよ。雨が降ったなら、このチョークの跡も思い出とともに消えてしまうのか。あゝ明日は長崎滞在最終日。


薬師神:Romanticが止まらない!


後編につづく)





▼珈琲冨士男
住所:長崎市鍛冶屋町2-12/TEL:095-822-1625
営業時間:9:00~19:00(L.O.18:30)
席数:20席
定休日:木曜日

▼コロッケ
住所:長崎市東古川町3-23/TEL:095-826-1220
営業時間:
[平日]11時頃~(L.O.15時30分)
[土日祝]11時頃~(L.O.16時)
席数:18席
定休日:火曜日

▼ちりんちりんアイス(眼鏡橋/中島川公園内)
販売期間:3月20日~11月下旬
販売時間:9:00~16:30
※ほか、出島表門橋公園、平和公園、
グラバー園登り口、稲佐山公園などで出店販売
※本社・直売所(長崎市田中町170-35)

▼trattoria UGO
住所:長崎市油屋町1-10/TEL:095-829-2648
営業時間:
[18:00~21:00]:税抜10,000万円以上のコース料理
[21:00~24:00(L.O.23:00)]:ワインとシェフのおまかせおつまみ
席数:18席
定休日:日曜日

<問い合わせ>
長崎国際観光コンベンション協会
長崎くんち <長崎伝統芸能振興会>

Photos: Kazuhiko Yakushijin, Takafumi Hojoh
Text: Takafumi Hojoh

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