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写真家・平野太呂が、気になる人の行きつけにお邪魔。決まって頼むというメニューを食べて、本音をつづる連載から「ラーメン」にフォーカスしてピックアップ。
01:池尻大橋|鶏舎の五目ウマニソバ。
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季節に句読点を打つ店
目黒区青葉台に晩夏の風物詩があるとするならば、それは鶏舎の「冷やし葱そば」を求める行列じゃないだろうか。9月いっっぱいで終了のメニュー。これを食べないと夏を終われないという人たちの行列だ。そして今、僕もその行列の中にいる。約束どおりの時間に雑誌の取材に来ているのに、みんなと同じ行列に並んで待つ。その平等さ、僕は大好きである。しかし、僕が並んでいるのは冷やし葱そばのためではない。大根さんに教えてもらった五目ウマニソバを食べるためなのだ。
店の中に入ると当然満席。来ている人たちも実にバラエティに富んでいる。中目黒のはずれにあるということもあって、アパレル関係、クリエイティブ関連も多いが、町中華らしく建設業者もいるのがいい。女性率が高いのは店員さんたちがお揃いで着ているTシャツがオシャレだからだろうか。きっと常連のアパレル関係者が思わず作ったんだろう。カウンターで一人、食べ終わった青年が、空になった皿にそっと手を合わせ、夏に別れを告げている。
さて肝心の五目ウマニソバ。ウマニによくあるダラッとした感じがなく、一つ一つの具材がシャキッとしていて、味は醬油ベースでくどくなくスッキリしている。全体的にピントがバッチリ合っていて、高解像度。おいしいところを全部放り込んでいるのにメリハリがある。どこか大根さんの映画のよう?なんて言ったらうまくまとめすぎだろうか。
鶏舎
池尻大橋駅から徒歩約10分。住宅街にポツンと位置しながら、いつもにぎわっている人気店だ。大根さんの定番メニュー、五目ウマニソバは¥950。
東京都目黒区青葉台3-9-9
TEL:03-3463-5365
営業時間:11時15分~14時30分、17時~20時30分(L.O.) 土曜11時15分~14時30分
定休日:日曜・祝日
近作は「共演NG」など。ドラマや映画に限らず、舞台、ミュージックビデオ、CMまで数多くの話題作を手がける。鶏舎は「奢らず気取らずたかぶらずの姿勢が大好き」。
02:早稲田|メルシーのラーメンに生卵を入れて、ドライカレーを一緒に。
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いや、こちらこそメルシーだよ
「軽食&ラーメン メルシー」。ん? 軽食とは? なぜフランス語? そんなツッコミを胸に店内へ。一面のガラス張りのせいで、1958年創業の老舗といえど店内は明るく清潔で入りにくさは微塵もない。入り口近くの席では3人のお嬢さんたちが楕円のアルミ皿にスプーンをカチャカチャと楽しそうなのも入りやすい理由かもしれない。すぐに目に入るのは壁に掛かった簡単なメニュー表。メニューの少なさもさることながら、値段の安さに二度見してしまう。ラーメン450円、ドライカレー540円である。軽食の域を超えない値段設定。もうこれは心意気でしかない。早稲田の学生さんを支えなくてはというお店の心意気を感じずにはいられない。
さぞかし簡単なラーメンが出てくるのだろうと予想をしていたが、これが大間違い。うまい。麺は太めでスープはだしがきいている。専門店としてコレ一本でも勝負できるラーメンなのだ。「おおメルシー」と独りごちてしまいそうだ。ドライカレーは、幼かった頃、母ちゃんがチャーハンにエスビーのカレーパウダーをふりかけたアレである(違うかもしれないけど)。母親の顔さえ思い浮かべながらアルミ皿でカツカツと食べる。
早稲田の学生はいいな。僕もWイニシャルのバーガンディのニットを着て「早稲田!早稲田!」と食べに来たかったな。あ、でも3つ上の青柳先輩がいたら緊張したかもな。
メルシー
早稲田の学生はもちろん、老若男女問わず近所の常連たちにも愛される老舗。ラーメン¥450に生卵¥80を入れて、ドライカレー¥540を一緒に頼むのが青柳さんの定番だ。
東京都新宿区馬場下町63
TEL:03-3202-4980
定休日:11時~19時
休日:日曜・祝日
ネペンテスのHPにある「Director’s Note」も人気。「外食という行為を始める入り口になったお店の一つ。今は食べ切れないからドライカレーは友達と半分に分けて」。
03:自由が丘|梅華菜館の清湯麺と焼餃子。
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自由が丘、再考ー!
中華屋さんには2種類あると思う。一つはいわゆるその街の食堂的な存在で、われら労働者にはもってこいの昔ながらの中華屋。もう一つは品があって、建物もしっかりしていて、中国料理とか菜館という名前がついていて、回る円卓がある。どんなすみ分けがあるのかわからないが、自由が丘に70年近く根を張る「梅華菜館」は後者の類いのお店だ。後者の中華店に一人で飛び込むのはいい年になったいまでも緊張するが、同い年の岡宗くんの推薦ならば安心して暖簾をくぐれる。岡宗くんのインスタグラムにはいつも胃袋を刺激する写真が載っていて、スクロールする僕の指をしばし止める。きっと食べ物の趣味が同じなのだ。
2階は迫力の円卓フロア。92歳になる大女将の清香さんの姿もちらりと拝見することができた。早速、おすすめの清湯麺と焼餃子を注文する。全体的に白っぽい2品が運ばれてきた。小麦粉で満腹中枢をガツンといきたい派の僕としては納得の見た目。驚いたのはどんぶりの浅さ。ずっと働いているシェフが丁寧に作った鶏がらスープを残すことなく味わってほしく、この浅さにしたようだ。見た目のあっさりさとは反比例して味わい深い。のっている焼豚は嚙めば嚙むほど味が出てくる。ふわっととろけてなくなる類いの焼豚が苦手な僕にはちょうどよい。
当然ほかの料理も気になる。店を出る頃にはもう胸の中で再訪を決めていた。
梅華菜館
昭和29年から自由が丘駅前を見守ってきた老舗。岡宗さんも「昭和の匂いと静かな接客が心地よい」と絶賛。清湯麺¥825、焼餃子(8個)¥1,045。
東京都目黒区自由が丘1-12-2
TEL:03-3717-6930
営業時間:11時~14時30分(L.O.14時)、17時~21時(L.O.20時30分)
※売り切れ次第閉店。
定休日:火曜
「BAZOOKA!!! 高校生RAP選手権」などを演出。「麺のちょうどいいアルデンテっぷりに技術を感じる。餃子はでかくてもっちりでうまい。シンプルでカッコいいランチです」。
04:三宿|そば処 ほていやのざるラーメン。

街をまるごと堪能せよ
生まれてこの方、東京に住んでいるのに、行ったことのない商店街が山ほどある。三軒茶屋と三宿の間にポツポツとお店があって、道が蛇行しているのは頭の片隅にはあったけど、こうして歩くのは初めてかもしれない。蛇行している、遊歩道がある等は大抵の場合かつてはそこに川があった証拠だ。河岸に街を形成するのが人間の性分。大正14年創業「ほていや」がある下の谷商店街もかつては人がそぞろ歩くにぎやかな通りだったようだ。関東大震災後に下町の人間が流れてきたということもあって、東京の下町の雰囲気がもち込まれた貴重な商店街。
暖簾をくぐり、注文するのは「ざるラーメン」。蕎麦屋なのにラーメン? フォトグラファーの山本くんのおすすめなので仕方ない。お客さんの要望だったり、まかないが正式メニューになることもあるようだ。この辺りも変にこだわりがなく、ニュートラルな庶民派である。蕎麦に代わって鎮座する中華麺を温かいスープにつける、つけ麺スタイル。細切りにされたチャーシューや野菜が絡んでうまい。夏でもさっぱりと食べられる。かつてこの辺りがごった返していた頃のにぎやかな商店街を想像しながらいただく。気分は昭和初期。それにしても山本くん、この店を教えてくれるとは相当な庶民派フォトグラファーと見た。気が合いそうじゃないか。
そば処 ほていや
アットホームな空気とバリエーション豊富なメニューで、地元の常連たちに愛され続ける三宿の名店。昼時は満席になることもしばしば。「ざるラーメン」は¥800。
東京都世田谷区太子堂2-32-3
TEL:03-3413-5701
営業時間:11時30分~15時(14時15分L.O.)、17時30分~20時30分(20時15分L.O.)
火曜、第2・第4水曜休み
UOMOをはじめ、雑誌やカタログなどで活躍。「そばはもちろん、実はラーメンもうまい。ざるラーメンはメニューには書かれていないが常連でなくともオーダーできます」。
05:祐天寺|博多ダイナー 琉の豚骨ラーメン。
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背水の豚骨ラーメン
あれはいつ頃だったか、豚骨ラーメンを食べると翌日にお腹を下すようになったのは。焼き肉屋ではカルビから徐々にロースに切り替わったのもあの時期。考えてみればその頃から胃袋的に大人になったのだろうか。自分に限ってそんなことはないと思っていたけど、確実にやってくるのだな。人生の折り返し地点を胃袋がそっと教えてくれる。
“グルズ”の久保くんが勧めてくれたランチは「博多ダイナー 琉」の豚骨ラーメン。おっと、どうなることやらと思いながら店内に入ると豚骨ラーメンを出すお店の匂いがまったくしない。店内もなんだか居酒屋的な雰囲気で、壁に貼られたポスターから店主の音楽好きがあふれている。つまり、豚骨ラーメン食って替え玉したら出て行けー!って雰囲気がないのだ。店主の森田さんは九州男児。居酒屋をやっていたが、豚骨ラーメンが評判になり、昨年からは専門店に変えてしまったそうだ。「豚骨ラーメンは最終手段、今まで敬遠してたんですけどね」と話す。音楽の話や古い車の話をうれしそうに話す森田さん。森田さんの「好き」を真っすぐに受けて、お店ってのはこうしてお客さんとのキャッチボールでつくっていくものなんだなと思う。
それで、お腹のほうは大丈夫だったのかって? なんと全然、大丈夫でした!
博多ダイナー 琉
博多出身の店主が切り盛りするラーメン店。濃厚な豚骨スープとコシのある麺、シンプルながらもすでにファンの多い「博多ラーメン」は¥800。
東京都目黒区祐天寺2-4-3
TEL:03-6303-4723
営業時間:12時~14時30分、18時~23時
定休日:木・日曜
美容室と、スケートボードやキャップなどを売るスタンドを融合させた祐天寺の「Guru’s Cut & Stand」を2009年よりスタート。「ラーメンは替え玉もアリ」。
06:三鷹|中華そば みたかのチャシューメンに竹の子をトッピングする。
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三鷹のコの字
撮影時間の少し前に店に着く。店からお客さんがあふれ出していて、行列は廊下を横切り階段まで達している。今日の撮影はちょっと難しいかも?と、向かいの喫茶店に入ってコーヒーを飲みながら店を見ていると、みるみると客が入れ替わり、あっという間に誰もいなくなってしまった。何というオペレーションだろう。感心しながら店に入ると大きな体格の主人が温かく迎えてくれた。
僕は戦争が大嫌いだから、ラーメンの撮影となると少し構えてしまうところがある。つまりラーメン戦争に巻き込まれているようなラーメンには興味がないのである。しかしこの「中華そば みたか」は平和そのものだ。ステンレスのコの字カウンター、メニューの数は少なくシンプル、厨房の雰囲気も朗らかだ。すっかり安心してラーメンを撮影することができる。ここに集まる多くのお客さんたちもきっとそう感じているのだろう。
いただいたのは「竹の子チャシュー」。もちろん自家製のチャーシューと竹の子(メンマ)、真ん中にのの字のなるとがのっている。よく見ると麺がやや茶色で、武蔵野の地粉を使っているそうだ。これが食べごたえがあるのだ。ラーメン戦争とは関係のない安定の東京ラーメン。何だかホッとするのだ。あ、そうだ僕の祖母は神田でラーメン屋だったんだ。懐かしいな。ふと厨房に立つ祖母を思い出しちゃったよ。
中華そば みたか
高城さん曰く、「両親に連れられて来ていた少年時代には、チャーシューや竹の子(メンマ)をツマミに瓶ビールを飲んでいる大人がとてもカッコよく見えた」そう。「チャシューメン」¥850に竹の子トッピング¥100を足すのが高城さんの定番。
東京都三鷹市下連雀3-27-9 地下1階
TEL:0422-71-6787
営業時間:11時~14時、17時~20時30分
月曜休み
バンド「cero」のボーカル/ギター。東京の情景に溶け込むサウンドと歌詞が人気。5thアルバム『e o』が5月24日(水)リリース予定。全国ツアーも開催が決定している。
07:桜新町|紅蜥蜴の坦々麺。
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少しの勇気が世界を広げる
桜新町は小さいけれど必要なものが揃っていて緑も多く人気の町だ。そんな品のいい街に一見するとそぐわない雰囲気を道に放っているのが「紅蜥蜴」だ。車で通り過ぎるときにいつも気になってはいたのだが…行かないままになっていて、ミヤギフトシくんの推薦を受けてやっと門をくぐることになった。
約束の時間より早く着いたので外で観察していると、意外にも若い男女やきれいな格好をしたおねえさんたちが店に吸い込まれていく。これはそれほどハードルは高くないのかも。続いて中に入ってみると、店内が驚くほど狭い。というか細い。横に寝転がったら足と手が壁につきそうだ。1階はキッチンで半分ほど占められているが、2階は案外のんびりできそうな空間となっていた。ピンクの壁にアンディ・ウォーホル作の毛沢東。ウォーホルのシルクのプリンターをやっていた人から買ったそうだ。フトシくんがいたら似合いそうだな。僕の幻想かもしれないけど、そこにはキッチュでかわいい中国が表現されていた。
人気の坦々麺。見た目とは裏腹に辛さは控えめで滋味深い。時折現れる山椒の粒が頭をすっきりとさせる。女性に人気なのもうなずける。一歩踏み出せばこんな世界が待っていたんだなと思わせてくれるよい店であった。
餃子荘 紅蜥蜴
インパクトのある店名と外観が興味をそそる中華料理店。四川料理がメインのメニューの中でも特に人気なのは、ミヤギさんもおすすめの「坦々麺」¥1000
東京都世田谷区新町2-4-15
TEL:03-3425-2233
営業時間:11時~14時30分(L.O.14時)、17時30分~21時30分(L.O.21時)
月曜、第2・4火曜休み
※支払いは現金のみ
芸術家・作家として活動。アーティスト・ラン・スペース「XYZ collective」の共同ディレクターを務める。「辛いものが苦手ですが、マイルドなこの坦々麺は食べやすい」。
08: 初台|らぁめん一福の囲炉裏麺とミニカレー。
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渋谷の下町
僕の中ではどちらかというと新宿に属している街、初台。高いビルから吹き下ろすビル風が冷たく渡っている。こんな日は早くあったかいラーメン屋に入りたい。しかも味噌ラーメンであればなおいい。
リーくんが紹介してくれた「らぁめん一福」に入った。明るい店内、3人の女性だけでお店が切り盛りされている。ラーメン店によくあるようなおじさんたちの吹きだまり感がまるでない。頭にバンダナをキュッとして、名物の囲炉裏麺を運んできてくれた。聞けばそのバンダナはリーくんからプレゼントされたものだった。ラーメンは味噌ベースのスープに麴の香りがふわっと漂い、太めの麺とよくからむ。濃厚な一品であるけれど、なぜだか重すぎない。不思議なことに、店内に入ったときと同じような印象なのだ。
ラーメン関係者たちの色紙がずらりと並ぶ壁面は、いかにこの店がラーメン業界に注目されているのかを物語っているが、一向にラーメン戦争に参加していないこの感じはなんだろう。やはり女将さんだろうな。ラーメン戦争の中に現れた、平和な桃源郷。人が店をつくる。店はその人を物語る。
らぁめん一福
名物の「囲炉裏麺」¥1,200は通常の味噌ラーメンに酒粕・肉味噌などがのった特別な一杯。また、ラーメンのだしを使ったカレー(写真はミニサイズ)¥250も人気のメニュー。
東京都渋谷区本町2-17-14 小泉ビル1階
TEL:03-5388-9333
営業時間:11時30分~14時(L.O)
定休日:月・火・金曜
プロスケーターとして活躍したのち、自身の名を冠したブランド「Alexander Lee Chang」を設立。「バンダナ好きなおかみさんの優しい人柄がにじみ出るラーメンです」。
09:麻布十番|永新のネギそば。
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旅先の中華料理店
石畳の車道、小さなお店が肩を寄せ合い、中心には小さな広場があって携帯式のイーゼルに画板を立てて絵を描いている人がいる。ここはパリかな? そう思ってしまうほどの風情を残している麻布十番。大使館が周りに多いから、いろいろな国の人たちが歩いている。1961年創業の中華料理店「永新」はそんな麻布十番の街角にある。古くて小さいながらも店の前にある食品サンプルはキリッと清潔で、この店が街にとって現役であることを物語っている。中に入ると中華料理店なのにどこか西欧風な内装。それがなんとも麻布十番に合っていてかわいらしい。
ジェリーさんオススメのネギそばを頼む。ついあれこれ頼みたくなってしまうのだが、このネギそば、ネギのみならずしっかりとチャーシューも入っているし、スープの味もしっかりとしていて、僕のような中年男性でも満足感があるのだ。
地下鉄の駅ができるまでは陸の孤島として独特な存在感を放っていた麻布十番だが、今でもこの街には特別な空気が流れているように思う。東京のど真ん中でありながら、少しトリップ感があるのだ。旅先でアジアの味が恋しくて飛び込んだ中華料理店。永新にはそんな雰囲気がある。
永新
麻布十番で60年以上前から営業している老舗の中華料理店。オーナーの楊さんは父から店を受け継いだ二代目。紹介したネギそばのほか、どのメニューも長く通う常連に愛され続ける。
東京都港区麻布十番2-2-7
営業時間:11時30分〜14時30分(L.O.14時)、17時〜20時30分(L.O.19時40分)
定休日:水曜、その他不定休あり
アートディレクター&イラストレーターとして活動。「仕事が忙しかった頃、近所の『永新』には毎日のように通っていました。刻みネギたっぷりのそばは絶品」。