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写真家・平野太呂が、気になる人の行きつけにお邪魔。決まって頼むというメニューを食べて、本音をつづる連載から「とんかつ」にフォーカスしてピックアップ。
01:三鷹|定食あさひのロースとんかつ定食に生卵をつけて。
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この街の住人に嫉妬してしまいそうだよ
住んでいる街にいい定食屋があるのかないのか、それが問題だ。若いときは特にそう。もちろん40を過ぎた今だって切実だ。何を食べているかでその人の身体が出来上がるからだ。チェーン店の牛丼やラーメンばっかり食べていたら、背筋が丸まっちゃうよ。ご飯を前にすっと背筋を伸ばして静かに「いただきます」と言いたいんだ。楽しみにしていた鶏レバ定食が売り切れて残念がる若者に、「少ししかないけど」と大将が鶏レバをさっと炒めて持たせたのを僕は見逃さないよ。若者の「いただきます!」が気持ちいいんだ。
この店が開店した7年前、この街から引っ越したという永積崇くん。後ろ髪を引かれまくったのか、テレビとDVDプレーヤーを置いていったという(プレーヤーはまだ健在)。崇くんオススメのとんかつ定食に生卵を注文する。薄めの衣に包まれた豚肉は、北海道は厚真町の放牧豚。旨味がさっぱりとしている。そして気のきいた小鉢や根菜の味噌汁が定食の脇をしっかりと固める。何だろう、この「ちょうどよさ」は。近所に住む人たちがうらやましい。食べ終わると「ごちそうさま」よりも不思議と「ありがとう」に近い感情が湧き起こる。きっとそれは僕らを支えてくれる歌声を、この定食もそっと後押ししてくれていると感じたからだ。こうして僕らはつながっているんだ。
定食あさひ
北海道放牧豚(厚真町)のロースとんかつ定食¥1,150に生卵¥60を追加してご飯と一緒に食べるのが永積さん流。定期的にしょうが焼き定食との入れ替わりがあるのでご注意を。
東京都三鷹市下連雀2-23-15
TEL:0422-24-8071
営業時間:12時~14時30分(L.O.14時)、17時30分~21時(L.O.20時30分)
※現在はお昼のみの営業
定休日:火・水曜
最新アルバム『発光帯』が発売中。「味つけが優しくて絶妙。食べ終わったら『もういっちょ仕事すっか!』という気持ちになる。そうやってできた曲は数知れず!」。
02:代官山|とんかつ奥三河のみそかつ定食。
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君に若い頃に出会っていたら…
若い頃はさ、キラキラしているものに惹かれるよね。おしゃれな先輩がいたり、年上の女性がいたり、雑誌に載っていたり、ドキドキしながらそんな店に行きたい。その気持ちがなくなったわけではないけど、違う気持ちのほうが勝ってきてるのも事実。トンがって目立つよりは、その街の風景の一部になりたいんだよ。街の景色に馴染みすぎちゃって、通り過ぎてしまうくらいの店に行きたいのだ。「とんかつ奥三河」はそんな店かもしれない。だって、取材に伺う際、何度か通り過ぎたくらいだから。
代官山でとんかつっていうとちょっと値が張りそうだけど、ここ、とんかつ奥三河だったら心配無用。一人でも、学生でも、おじさんでも安心して食べられる。いわゆる名古屋の味噌ダレとはちょっと違う、奥三河の味噌ダレは甘すぎずすっきりしていて食べやすい。ああ、どうしてこの店に今まで気がつかなかったんだろう。高校生の頃、渋谷から代官山まで散々歩いていたのに。きっとキラキラしてるものしか探していなかったんだな。今はわかる、このよさが。しかし18歳から通っているという健くん、当時からわかってるなあ。とんかつ奥三河と健くんにもっと早く出会っていればよかったなあ。
とんかつ奥三河
代官山で愛され続ける老舗。加賀美さん絶賛の味噌は店主が奥三河から持ち込み東京風にアレンジした逸品。ランチタイムメニュー「みそかつ定食」は¥950。
東京都渋谷区鶯谷町1-3 1階
TEL:03-3770-2989
営業時間:11時~14時30分(L.O.)、18時~20時
土・日曜・祝日休み
アパレルブランドとのコラボはいつも話題に。「自分のお店、ストレンジストアの近くにあるのもうれしい。店主は素敵なご夫婦で実家に帰ってきたような気分になれる」。
03:吉祥寺|美とんのとんかつ定食。
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家族で紡ぐ吉祥寺
住みたい町ランキングで常に上位の吉祥寺。かくいう僕も学生の時分には吉祥寺の外れに住んでいた。武蔵野という響きが気持ちいい。背の高い木々が多くてね。とんかつ「美とん」は吉祥寺の駅前にある。今では人であふれかえっている吉祥寺駅前だけど、「美とん」があるビルの地下1階は落ち着いた雰囲気だ。昭和の古きよき装飾が各所に点在していて、クラシックな心持ちで暖簾をくぐることができる。
僕の中でとんかつ屋さんには3種類ある。一つは高級店、それとチェーン店、あとは庶民の味方のとんかつ屋。高級店にはおいそれと行けないし、チェーン店では心がカサカサする。「美とん」は庶民の味方のとんかつ屋でありながらクラシックさを堪能できる。まさに僕らにちょうどいいとんかつ屋さん。衣は薄めでお肉は厚め、ご飯に豚汁、お漬物。もう、これでしょ。大将は二代目。父親から味を引き継いでいる。妹さんたちが切り盛りをし、お母さんがそっと座っていらっしゃる。カウンターには昔の吉祥寺を知る古い常連さんが先代を偲んで集まっていた。
信頼おける先輩の紹介はやっぱりいいなあ。全部がちょうどいいんだ。とんかつの揚げ具合も、豚汁の温度も、お漬物の塩加減も、家族の温かみも。
美とん
1970年の創業以来、吉祥寺の街で愛され続ける老舗のとんかつ専門店。自家製のパン粉で揚げられたロースカツが味わえる「とんかつ定食」は¥2,100。
東京都武蔵野市吉祥寺本町 1-9-10 シュープラザビル 地下1階
TEL:0422-22-8586
営業時間:12時~15時、17時30分~20時(L.O.) 定休日:月曜 ※不定休あり
ストリートブランド「FAMOUZ」で裏原宿にて10年間活動した後、アーティストとして国内外での展示を行う。「昔ながらのロースカツが心を満たしてくれます」。
04:代沢|とんかつ太志のとんかつ定食。
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豚のスペシャリティ
飲食店の人が通う飲食店。当然、気になりますよね。そこにはきっと同業者としての尊敬や探究心が詰まっているだろうから。代々木という新宿の近くにある住宅街でパンを焼く塩見くん。しかも薪で。旨味がギュッと入っているパンは人気でなかなか買えない。幸運にも僕は友人を通して知り合い、お互い釣り好きということで交流しているおかげで時折おこぼれにあずかっている。彼はうなぎ釣り、僕は鮒釣りがメインという変わり者具合も馬が合うのかもしれない。
もともと寿司屋だった小さな店内に香ばしい油の匂いが漂っていて食欲を刺激する。秋葉原の老舗を経て独立した大将が、大きな塊から切り出した豚肉を手際よく揚げる。一緒に油につけて熱くした、見たこともない幅の広い包丁で一気にカツを切り揃えていく。口に運ぶと豚の甘さが一気に広がる。なのでソースは必要なく、塩でいただく。面白いのはそのときそのときで扱っている豚肉の産地が替わることだ。大将が産地まで出向き、肉の質はもちろん、餌や環境まで見て直接仕入れることもあるという。
パンのスペシャリストが豚のスペシャリストの店で静かにうなっている様子を想像すると、思わずニヤリと口角が上がってしまう。
とんかつ太志
ランチはロースかつとひれかつの二種類。今回紹介したのはロースかつ定食¥1,250。ディナーでは時期ごとに産地の異なるプレミア豚を使った定食も楽しめる。最新情報は、ホームページ・Instagramで確認。
東京都世田谷区代沢4-34-12
TEL:03-6450-8635
営業時間:11時〜14時、17時30分〜21時(ともに仕込み分がなくなり次第終了、早じまいあり)
定休日:火曜、第3水曜、不定休あり
http://park17.wakwak.com/~tonkatsutaishi
Instagram:@tonkatsutaishi
都会で薪窯のパンが楽しめると人気の「パン屋塩見」店主。「豚脂の甘味が好きなので、このロースかつ定食は最高。マスターがとんかつを揚げる姿がかっこいい」。