2025.04.20
最終更新日:2025.04.20

【稲田俊輔のうまいものだらけ】第2回|フィレオフィッシュを純粋無垢なまでに信仰する

博覧強記の料理人・稲田俊輔が、誰もが食べることができながら真の魅力に気づけていない、「どこにでもある美味」を語り尽くす。

第2回|フィレオフィッシュを純粋無垢なまでに信仰する

 フィレオフィッシュが好きです。とりあえず名前がかっこいい。途中に挟まれる「オ」の部分が無闇にしゃれています。他のハンバーガー屋さんがだいたい「フィッシュバーガー」という、わかりやすいけど些か情緒には欠ける名称を採択しているのとは大違いです。

 そもそも「バーガー」というのはハンブルグステーキが略された名称なので、魚を挟んだサンドウィッチにそれを使うのはおかしい。マクドナルドにはそういう妙に毅然として硬派なところがあります。例えばソーセージマフィンに挟まっている肉は、日本人的感覚では絶対にソーセージではありません。かつてあったクォーターパウンダーやフィッシュ マックディッパーは、そもそも何を言っているのかさっぱりわからないまま、いつの間にかなくなっていました。わかりやすさを優先して迎合することを決して良しとせず、オノレの信じたやり方を貫く、それがマクドナルドなのです。

 フィレオフィッシュは構成要素も硬派です。バンズ、魚フライ、スライスチーズ、タルタルソース。以上、順番に見ていきましょう。

 バンズは通常のバーガー類がトーストされているのに対して、これは蒸気でスチームされています。マクドナルドには全店、「フィレオフィッシュのバンズを蒸すためだけの機械」があるのです。普通そこまでするか? しかし、牛肉と違ってソフトな魚フライには、焼いたパンでは風味も食感もハードすぎるということなのでしょう。

 その魚フライには、肉厚の白身魚が使われています。我々が日常で最も頻繁に目にする魚フライは、のり弁などにのっている、両端が尖った少し細長いやつです。あれは食品業界では「笹型」と呼ばれており、実は白身魚フライの中では最も安価です。あれはあれでおいしいものではありますが、フィレオフィッシュのフライは、ランク的にはそれより数段上です。

 肉厚の身がふっくらとしていることには誰もがすぐに気が付くと思いますが、特筆すべきは、そのコロモの薄さ。はっきり言って高級店レベルの上品さです。笹型フライのようにコロモを厚めにしておけば、身が多少薄くてもボリューム感が出る上に、日本人好みのザクザク食感も生まれるでしょうが、あえてその方向には振っていません。あくまで素材の味と質で勝負しようとしています。

 チーズは、(これに気付いている人は案外少ないかもしれませんが)よく見ると1枚の半分しか挟まっていません。セコい……と思う人も少なくないでしょう。正直僕もそのことに初めて気付いた時は、こんな細かいところまでコスト削減を疎かにしないのはさすがマクドナルド、と変な感心の仕方をしました。しかし今となっては、それは下種の勘繰りというべきものであったと反省しています。

 ここで大事なのは「全体のバランス」です。上品なフライ、その邪魔をしないふわふわバンズ、という精緻なバランスの中で、チーズ1枚丸ごとはトゥー・マッチなのです。そしてそんなタイトロープ的バランスの、最後のピースがタルタルソース。

 皆さんはフィレオフィッシュのタルタルソースの味が、かなり特殊であることにはお気付きでしょうか。あれを単体で舐めると、実はかなりの酸っぱさと辛さです。マイルドなコク、みたいな要素は皆無で、ひたすらシャープ。しかし、だからこそそれは、穏やかなバランスを最後にピシャリと引き締めてくれる。それでいて、余計な甘みやコクが無いから、全体の品格を損なうこともない。ファストフードの一般的なイメージとは対極にある、極めてソリッドな着地点です。

 僕はあのタルタルソースが好きすぎて、ある時、オーダー時に「増量」が可能であることを知ってすぐに実行しました。しかしそれは失敗でした。バランスがガタガタになったのです。「夜マック」では、フィッシュフライを2枚にしたこともありますが、これもまた失敗でした。確かに魚フライとしては間違いなくおいしい。しかしそれは「フィレオフィッシュ」ではありませんでした。

 やはりあれは、奇跡的なバランスの上に成立している絶妙な食べ物なのである、という他ありません。だからこそチーズが気前よく1枚使われていたら、それはそれでダメなのでしょう。あの殺風景とも貧相とも言える姿を目にすると、我々はつい「せめてレタスの一枚でも挟んでくれたら」と思ったりもしますが、それもきっと浅はかな素人考えなのです。

 フィレオフィッシュの唯一の欠点は、「なんか微妙に高い気がする」という点です。いや、もちろんおいしさには納得しているんですが、シンプルさ、ボリューム感の無さの割にちょっと……という絶妙な割高感。これはあくまで想像ですが、世の中には、僕のようにフィレオフィッシュを純粋無垢なまでに信仰する信者が一定数いて、マクドナルドはそれをあてにしてあの値付けを決定しているのではないか。

 でも僕は、それならそれで構いません。あの価格には、体感100円程度の「お布施」が含まれている。ならば信者としては、それをせっせと寄進し続けるのみ。これこそが、真のフィレオフィッシュ愛好家たる生き様なのです。

フィレオフィッシュを純粋無垢なまでに信仰する
稲田俊輔

料理人・文筆家。「エリックサウス」総料理長を務めながら、食エッセイを執筆。近著に『ミニマル料理「和」』(柴田書店)や『現代調理道具論』(講談社)がある。

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