シーズンテーマに「墨 – Sumi -」を掲げた「グラフペーパー」の2024年春夏がスタート。ギャラリー85.4では南貴之がディレクションする最新コレクションを新城大地郎の作品とともに展示・販売中だ。この初の試みについて南に直撃!
もちろん意訳である。ディレクターの南貴之が述べた言葉では決してない。服飾意識の高い大人男子に人気の「Graphpaper(グラフペーパー)」を手掛ける矜持として、そんなわかりやすいフレーズを提供してくれるはずがない。ただ、そんな杓子定規な言葉を放り投げた際のリアクションに、南の素が出る。
南貴之:今春夏は「墨(すみ)」を起点としています。墨の色味やイメージから派生して、インダストリアルではなく、もっと偶発的な変化を許容する「黒」に辿り着きました。言葉にするとわかりづらいかな?
そして2月23日(金)から3月17日(日)までの期間中、アーティストの新城大地郎の作品とともにコレクションをインスタレーション形式で発表。シーズンテーマを色濃く打ち出す展示・販売は初の試みだ。
インタビュー場所に指定された「ギャラリー85.4」は、南が主宰するalpha.co.ltdが入居する神宮前ファッションビルの1階。「偶発性の黒」の概念として最も適当な例である墨を用いた作品が展示されている。
禅僧の祖父を持ち、幼少時から禅画に触れ、己の表現を模索する新城大地郎は沖縄・宮古島生まれの現代アーティスト。禅思想や哲学をバックボーンとし、書道や墨画の規範に囚われれない自由な作風が、同じ空間で「グラフペーパー」の洋服と共振していた。
南:これは(新城)⼤地郎さんが制作の最終日に衝動的に描いてくれた作品です。⿊い糸が交わり立体的になっていく様、つまり僕らが作る⿊い糸を紡いだ服が並ぶ光景をイメージしています。
今春夏は墨の色味を再解釈する過程で出会ったというバリエーション豊かな黒のワードローブがラインナップ。「墨(Sumi)」のテーマに賭けた想いとともに、お勧めのアイテムを紹介してもらおう。
黒いグラフペーパー
シーズン毎に買い足すファンがいるほどの「MIZUNO(ミズノ)」とのコラボスニーカーから。
パフォーマンスモデルの「Wave Prophecy 8(ウエーブプロフェシー8)」をベースに、漆黒のアッパーと半紙を彷彿とさせる生成りがかった白を絡ませ、落款(らっかん)を模した赤を添えたデザインだ。なお、側面の樹脂パーツからランバードマークが排されている。問答無用という言葉はいささか乱暴だろうか。
「グラフペーパー」のディレクターであり「ギャラリー85.4」のキュレーターでもある南。新城大地郎の作品に関する解説にも熱がこもる。身振り手振りで語る際、袖口からチラ見えするフリルが気になった。
南:麻のキャンバスを薄い墨で染めて下地を作り、その上からより奥行のある濃い墨で「在」と書かれています。⾒えないものを探した時に⾒えてくるもの、それは⿊を探求するなかで⽣まれた表現です。
市販の墨を使っておらず、濃い箇所にはクラック(ひび割れ)がある。だがそれは自然な経年変化であり、個性は美しさとも捉えられる。アンバランスを肯定してくれる作品に、南もさぞや感銘を受けたに違いない。
南:黒が生きているように感じませんか?
南着用のジャケットがこちら。素材ごとに縮率が違い、表地のギャバジンが勢いよく縮み、ほつれた裏地のキュプラが外に出ていたのだ。歪みやシワ、擦れやアタリなどが後加工で共鳴し合うこれも、偶然を楽しむべき2024年春夏ならではの黒になる。
南:モード全盛期の80年代を彷彿とさせる、ワッシャー仕上げのウールギャバジンを使用したテーラードジャケットです。飛び出したキュプラをフリルと言われると違うかもですが、感じたままで構いません。
南:でも、工場さんには怒られるかもしれません。今まで扱ってきた黒は青味がかった黒で、赤寄りの黒は色出しの段階でNGにしていましたが、今春夏は採用しています。それは納得いかないでしょう。
いつもと違う南主観のダブルスタンダード。ごもっともな理由だ。自嘲気味に南は笑う。
「偶発性」をディレクションする
まさに、予測不可能な偶然の賜物。南貴之が自身のリミッターを超えて来たから面白い。表情から、それは愉悦に似た作業であったと推測される。
南:この偶発性は、⼤地郎さんも含め、普段からお付き合いさせていただいているアーティストの方たちから学んだこと。僕の中ではまったく新しい考え方であると⾔えます。フルラインナップを見た工場さんたちが何と言い出すか、楽しみでもあります。
赤味がかった黒らしい。いつもの青寄りの黒とどう違うのか、素人目には見分けがつかない。
高密度に織り上げることで滑らかな肌触りとハリを出したコットンタイプライター素材を表地と裏地の双方で使用した無双仕立て。太番手の糸で巻き縫いした上に製品染めが施され、縮みによるアタリとラフな風合いを楽しめる汎用性の高いジャケットだ。
漆黒から淡い白、そして純白へと移り変わっていくグラデーションが美しい抜染ハイゲージニットは、まるで水墨画のような佇まい。赤味がかった黒ジャケットも含め、今春夏に限定した醍醐味なのだろう。
そして今後、同じようなサンプルが上がってきたならば、間髪を入れずに南はNGを出すのだ。
取材時にすでに在庫僅少。今や地方店に数着が残るのみのマオカラージャケットがこちら。製品染めによるパッカリングやアタリを活かし、高密度に織り上げた空紡糸とリネンが相まったドライタッチのライトモールスキン素材。鈍いリネンの光沢が映える。
南:カンフージャケットは大地郎さんにも着てもらっています。よく似合っていましたね。
新城大地郎と共に空間を共有した今春夏のインスタレーションについて、改めてきっかけを聞いてみた。国内外の多くのブランドが多様な表現でコレクションを発表しており、その一般的な例がランウェイショーだが、「グラフペーパー」はそういう服ではない。今回の見せ方は、どのような思いつきだったのだろう?
昨年2月に京都で催された新城の作品展が2人の初対面の場だった。もともと新城も「グラフペーパー」の服を着たことがあり、南も新城大地郎のアート作品には以前から触れていた。だが、その程度の薄い繋がりなど誰にでも起こりうる話ではないか。
2人を強力に結び付けたもの
南:僕はディレクターですから、特定のシーズンを贔屓することはないですし、注ぐ愛情や熱量に差はありません。ただ、宮古島は思い出深い場所であることは確かです。魚も美味しいですし、お酒も。
きっかけから実際のアクションまでいちいち言葉にしてみると何のことはないのだが、持ち場も地の利も違うアーティストと濃いコミュニケーションを図り、半年タームの制約の中で、企画展という結果を出す。その仕事ぶりは剛腕・辣腕以外の何物でもない。
「点」の旧字体である「點(てん)」。禅的な問いを与えてくれる新城大地郎らしいモチーフだ。
南:黒い点は、もしかしたら穴だったり、あるいは円だったり、球だったり、解釈もいろいろです。
煤(すす)と膠(にかわ)を仕入れて墨を自作している新城自身、手作りゆえのアンバランスな墨質にフレッシュな強さを感じ、墨作りの段階から対峙することで精神的な思い入れも増すのだろう。そして、保存料入りの市販の墨と違い、自作の墨は生モノですぐに腐ってしまうという制限がある。素材と真摯に向き合うことがいかに大切であるか、それは服作りにおいて南が常日頃から口にしていることでもある。そう、2人は似ている。
今回のインスタレーションは、クリエイター同士の見えないシンパシーが点を繋いだ結果なのだ。
南:大地郎さんにはいい刺激を受けました。今春夏のコレクションに大きな影響を与えてくれたインスピレーション源の1人です。あと実は、文字指定を含め、僕からの要望は一切していないんですよね。
緻密な全集中の対極にある、偶然や偶発性に身を委ねるクリエイティブの流儀。その果実は人事を尽くした者にだけ訪れる。そして安易に期待しすぎると、ほの暗いクリエイティブの深淵に吞み込まれてしまう。そんなイメージが南の黒い背中と重なった。
南:手持ちの洋服に合わせやすいはず。ぜひ、「黒いグラフペーパー」を買いに来てください。
ディレクター・南貴之をもっと知りたい!
テーマ:SUMI
Graphpaper 2024 Spring & Summer Collection
~Installation by Daichiro Shinjo~
会期:2024年2月23日(金)~3月17日(日)
場所:Gallery 85.4
(住所:渋谷区神宮前2丁目6−7 神宮前ファッションビル 1F)
時間:12:00~19:00/定休日:水曜
※会期中は新城大地郎の作品も販売
Graphpaper
graphpaper-tokyo.com
ギャラリー85.4
instagram:gallery85.4
新城大地郎
instagram:daichiro_
Text: Takafumi Hojoh