働き方の多様化などによって、ジャケットとの距離が遠くなったと感じる人もいるかもしれない。しかし堅くるしく考えず、大人は日常で柔軟に楽しむくらいでいい。普段から機能的な日常着として向き合っているジャケット愛好家の二人に話を聞いた。
生地は柔らかなウールフランネル。ナポリ発のテーラーの作りを意識したバルカポケットや袖の4つボタンなど、カジュアルな仕立ての中にも高見えするディテールがちりばめられている。ジャケット¥121,000/ユーゲン(イデアス)
袖山の低いワークウェア特有のパターンメイキングは、袖が前振りになるため、座って作業をする所作が美しく見えるという。また、研究を重ねてたどり着いたタイムレスに見えるラペルのゴージ位置もこだわり。
身体が丸みを帯びてくると、ジャケットが自然と馴染んできます
10年近く前、フランスの英国大使館で催されたパーティに招かれました。完璧にドレスアップされた各国の招待客に囲まれ、僕もジャケットを着て来てよかったとホッとしたものです。ジャケットはいろいろな着方ができる大切な男の服。きちんとしたジャケットをきちんと着られると、ドレスにもカジュアルにも応用がきくと思います。
ドレスアップとカジュアルダウンの着地点って同じようでまったく違いますよね。それは普段からきっちり見られたい人が考えるカジュアルダウンの範囲と、カジュアルにスニーカーを合わせるような人がドレスアップしたい範囲に違いがあるから。それだけ同じジャケットでもスタイルの間口は広く物語はとても深いと感じています。
僕のファッションの入り口は1960〜’70年代の音楽カルチャーでした。当時のミュージシャンたちのジャケットスタイルへの憧れを、イタリアの技術やイギリスの素材を駆使して表現しているのがユーゲンの服。つまりカジュアルダウンしやすい服を、最高峰のクオリティで目指している感覚です。今日着ている定番のジャケットは、1940年代のフランスのワークウェアがベース。袖山の低さが特徴で、腕を前にして作業するとシワがよりやすい。テーラードの世界ではいわゆる“汚い袖”と言われていますが、腕を動かしやすいパターンにこだわりました。仕事で初対面の人との打ち合わせには基本的にジャケットを着ていきます。案件によって中にニットTを着るか、ネクタイを結ぶかを考えるので、Vゾーンで+αの意思表示をしているのでしょう。
ジャケットは、ある程度人生の経験を重ねた人が似合う服だと思います。昔の海外の写真集で美しく着こなしている人は40代が多い。きっと身体に帯びてきた丸みに、自然と服が馴染んでいくからではないでしょうか。
素朴で品のある、英国らしい伝統的なフランネルは、ブランドの定番。生地の両面にブラシを丁寧にかけることで、起毛感のあるやわらかな風合いをつくりだしている。ジャケット¥96,800/マーガレット・ハウエル
ドレスの世界では腰ポケットに手を入れる行為はスマートではないが、口幅の広いこのパッチポケットは、生地のドレープを美しく見せてくれる。長年作り続けてきたブレザーのスタイルを更新した、今季の新作。
大人のふりをする必要がなくなり、ジャケットの幅が広がりました
以前は「テーラード」というと、フォーマルや社会への順応性、つまり大人であることを連想させる言葉でした。しかし人生のある時期、自分が大人のふりをする必要がなくなったことに気がついたのです。この余裕が生まれたことで、ジャケットをいつ、どのように着るか。その幅が広がりました。
礼儀としてジャケットを着用する冠婚葬祭などのシーンはありますが、私の場合は“着たいときに着る服”です。心がけていることは特になく、ルールや配慮は必要ないと思っています。
長年にわたる自分の服歴を振り返ると、シンプルでクオリティが高いもの、という点で一貫しています。過去に一過性の「ファッション」アイテムを購入して後悔した経験がありますし、今でも時々、自分の見た目を変えたい衝動に駆られますが、年を重ねてそれをコントロールできるようになりました。「今のままでいい」という内なる声を受け入れることに満足しています。
マーガレット・ハウエル解釈によるテーラーリングは僕がとらえるジャケットの完璧な例です。とてもソフトで、シャツやカーディガン感覚で着ることができます。身の回りの小物(私の場合は犬のおやつとエチケット袋も!)を入れられる深いポケット、予期せぬ雨から身を守るために襟を立てられるデザインなど、シンプルながら、現代のライフスタイルにとても順応しています。フォックスブラザーズ社のフランネルはドレープが美しく、見かけによらず耐久性に優れています。
約30年前にマーガレット・ハウエルに入社したとき、最初にお客様に購入いただいたスーツもフォックス社のフランネルで、私が最初に着たジャケットもそうでした。ここで長く働き、着こなしで最も影響を受けたのは、マーガレット本人だと言わないわけにはいかないでしょう。
Composition&Text:Masayuki Ozawa[MANUSKRIPT]