2024年春夏のメンズファッション・ウィークに先立ち、サマーコレクションを発表したサンローラン。舞台として選んだ地はベルリン。セレブリティたちも駆けつけた。
6月12日、ドイツ・ベルリンで、ミラノやパリでのメンズ・ファッションウイークに先駆けて、サンローラン メンズの24年サマー・コレクションが発表された。サンローランの日本のアンバサダーである山﨑賢人や水原希子はもちろん、ジャーナリストやVIPまで世界各地からのゲストたちが前日にベルリン入り。ホテルの部屋ではインビテーションやギフトと共に「ブラックバカラ」と呼ばれる薔薇の花束に迎えられた。このバラは謎めいた色に加え、花びらが厚く頑丈なのが特徴。いわゆる花束の持つ繊細なイメージと異なる強い個性が、サンローランのエスプリを体現している。
ショー3日前からインスタグラムで公開されたティザ―が示唆するクリエイティブ・ディレクター、アンソニー・ヴァカレロの着想源は、いわゆるアンダーグラウンドなベルリンとはちょっと違っていた。そこにアップされたのは 1950年代のモノクロ映画、大理石の模様と正方形のグリッドが成すグラフィズム、そして幻想的な光から浮かび上がるモデルのシルエットだった。インビテーションに記されたのは“人は愛するものを殺す”と言う意味ありげなフレーズ。これはオスカー・ワイルドの詩からの引用だ。
ショー当日の夜8時過ぎ、ポツダム広場近くの新ナショナル・ギャラリーに到着すると、まずはこの建築物の存在感に圧倒される。ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエによる60年代モダニズム建築の傑作として知られるこの建物は、ガラスとスチールが成す巨大な直方体。1968年、つまり55年も前の建造なのに、素材とデザインのミニマルさゆえ今見てもモダンだ。
建物手前の広場中央に据えられたのは、YSLのロゴ、通称「カサンドラ」。1961年に当時の著名なグラフィック・デザイナー、アドルフ・ムーロン・カッサンドルがデザインしたこの Yves Saint Laurent 三位一体ロゴは、ブランドが創始者のファーストネーム「イヴ」をはずして、「サンローラン」と改名された後でも、メゾンの象徴だ。ロゴの前にフォトコールで現れたのは今年アンバサダーに就任した俳優の山﨑賢人。後にランウェイで見るモデルたちのスタイルに合わせたのか偶然か、オールバックのヘアスタイルがシャープな印象だ。彼がこの日のために選んだルックは大好きな素材だと言うベルベット。
いっぽう同じくアンバサダーの水原希子は、後のランウェイでもたびたび登場する胸元が深く開いたタンクトップに、パワーショルダーのジャケットを着こなして。二人はともにベルリンははじめて、そしてサンローランメンズのショーをリアルに見るのもはじめてと言うことで、とても興奮した様子。
会場に入るとファン・デル・ローエの代表作であるバルセロナ・チェアが並び、天井まですくっと伸びる大理石のパーテーション、そして壁を覆う滑らかなダークグレーのカーテンが。さらに視界に飛び込んできたのは巨大なライトボックスだ。
グリッドで整然と仕切られたガラス窓の向こう、つまり裏側の広場に設えられたそのシンプルな直方体は、新ギャラリーの建物自体のミニチュアのようにも見える。
夜9時頃、やっと太陽が沈み始めショーがスタート。まずはサンローランにとって最もアイコニックな、スモーキングルックの最新形がライトボックスを背景にランウェイに浮かび上がった。白いドレスシャツの襟は高く、サテンラペルの黒ジャケットは肩が最大限に誇張される。ムッシュ イヴ・サンローランが築いた一つのカルチャーとも言える“スモーキング”はその後も何パターンか登場したが、白のドレスシャツには白のボウタイ、黒のシャツには黒のボウタイ、と言うちょっとしたアイディアで刷新された。
発表された全49ルックは、白と黒の無地を中心に、唯一のモチーフはドットとヒョウ柄プリント。カラー・パレットではヒョウ柄と相性の良いベージュやサフラン色と、オーベルジーヌと呼ばれるナス色が、モノトーンに加わった。素材は柔らかく、シアーなモスリンとハリのあるサテンのコントラストが印象的。
パワーショルダーのジャケットやコートのほか、裾を絞ったハイウエストのフルートパンツなど、メリハリの効いたシルエットをはじめ、ギリシャ彫刻を思わせるドレープが効いたワンショルダーやホルターネック、オフショルダーなどメンズコレクションながら“肩の露出”が続く。山﨑賢人が着ていたルックのように着物風の斜めの合わせも見られた。ボウブラウスは、前回のメンズでは構築的だったが、今回は柔らかく、長いボウがトレーンを引いて、闊歩するモデルの背後でゆらゆらとたなびく。パールの如く輝くシルクサテンのデコルテのタンクトップは、水原希子がこの日着用していたルックにも見られる、2 月末にパリで発表されたウイメンズのコレクションからの流れだ。
アンソニー・ヴァカレロは、特定のテーマやデザインを着想源とするのではなく、全体のコントラストやテンションで、イヴ・サンローランへの敬意を評した。シャープなのに軽やか、ソフトかつ構築的で、ミニマルながらクチュールの完璧さを思わせた、息を飲むような今回のコレクション。マスキュリン&フェミニンやジェンダーレスと言うありきたりの言葉では言い尽くせない、新しいタイプのワードローブだ。既存のアート作品やアーティストへの言及は無くして、全体がまさにアート。
ショー後、全員の気持ちが高まったところでディナーへ。会場は発電所を改装したベルリンらしいスペース「クラフトワーク」。数十メートルもの長い長いテーブルには、シルバーのスタンドに立てた白いロウソクの光が閃く。キャンドルライトのみに終始したシックかつ幻想的なディナーと、コンクリート剥き出しのインダストリアルなスペースとのギャップは、本コレクションに見られた様々なコントラストにも呼応していた。
ディナーの後、階下ではアフターパーティが。アンダーグラウンドな雰囲気を楽しむゲストたちの中にはソウルから飛んできた Seventeen のスター、ジョンハンの姿も。ちなみにコレクションではヒョウ柄ルックが時に好きだったと言うジョンハンと山﨑賢人はこの日が初対面ながら、すっかり意気投合した。
メンズファッション・ウィークの次なるデスティネーション、ピッティ・ウオモが開催中のフィレンツェでも、このサンローランのショーとイベントはいまだに大きな話題の一つだ。