今年の5月、代官山・中目黒エリアに北米以外では初のアークテリクスのクリエイションの拠点としてTOKYO CREATION CENTERがオープンした。すべてが「スゴイ!」という噂を聞きつけて、早速潜入レポート!
1F|入った瞬間に心奪われるウォールディスプレイ
本気のアウトドア好きはもちろん、文化系アウトドア男子にもファンの多いアークテリクス。今年の5月17日に世界で3番目となるクリエイションの拠点、TOKYO CREATION CENTERが代官山・中目黒エリアにオープンした。そのレセプションに足を運んだライターから「ポートランドの次が東京ですよ! とにかくスゴイ施設なんで、ぜひ取材しましょう!」と熱くプレゼンされたUOMO編集部の薬師神。気になって取材に行ってみた。
代官山の旧山手通りから中目黒に抜ける坂道の途中に、TOKYO CREATION CENTER はあった。入り口を入るとエントランスの壁のディスプレイに圧倒される。
薬師神:アークテリクスのシェル、けん玉、わらじ、縫製用の道具、カラビナ、YMOのレコードに柳 宗理のバタフライチェア…少年ジャンプも!
シェルフの一番下は収納スペースになっていて、TOKYO CREATION CENTERのロゴが入ったボックスが整然と並んでいる。「めちゃくちゃ気が利いていますね」と感心していると、TOKYO CREATION CENTERのバイスプレジデント、ハワード・リヒターさんが「ようこそ!」と声をかけてくれた。
ハワード:今日は私がTOKYO CREATION CENTERをオープンした目的やこだわりを紹介させていただきます。この建物は4層になっているんですが、これはアークテリクスのものづくりの考え方を示す4層になっています。ここでいろいろな方に出会って、さまざまなものの見方を知ってインサイト(insight/洞察)を深め、それをデザインに取り入れ、実際につくりあげて、コミュニケーションを取りながら製品を広げていく。それぞれの層がそのプロセスを表しています。さっそくですが、まず奥のアート作品を見てください。
1階の奥には徳島から藍染めの魅力を世界に発信するBUAISOのアート作品が壁一面に飾られている。
ハワード:バンクーバーの本社はコーストマウンテンという険しい山のふもとにあって、自然に近しい場所です。そこにはつくったものをすぐにフィールドで試すINSIDE/OUTのコンセプトがあります。ここ東京でやりたいことはOUTSIDE/IN。人々との出会いを通していろいろな考え方、感じ方を吸収しながらものづくりしていく場所にしたいんです。それから日本の伝統的なクラフトを取り入れていきたい。
薬師神:なるほど。藍染めも日本のクラフトですよね。
ハワード:このアート作品はBUAISOさんがアークテリクスのロゴを解釈したものです。クライミングロープがアークテリクスにとってはとても大切なアイテムなので、登山のための結び目をモチーフにしてつくってもらいました。
薬師神:いろいろな結び方が描かれていますね。しかもすごい緻密に。
ハワード:山を大切に思っている人がこれを見たら、自分の体験と重ねて、同じような気持ちになってくれるんじゃないかと。
薬師神:先ほどアークテリクスのロゴとおっしゃっていましたが…??
ハワードさんが「ここにあります」と作品の左下を差してくれると「おー! 確かにアーキオプリテクス・リトグラフィカ(始祖鳥)マークが!」と感動して、しばし見入る。
「皆さん探されるんですが、なかなか見つけられず、伝えると同じリアクションをされます」と、この日、通訳をしてくれたTOKYO CREATION CENTER スタジオマネージャーの横山聡子さん(上写真奥)。
ハワード:アークテリクスは山とつながりの深いブランドですから、TOKYO CREATION CENTERは常に山や自然を感じられるように、植栽にもこだわりました。1階には箱庭のような中庭があります。
薬師神:この建物はガラス張りで開放感があって、しかも中庭まであって。働く環境としてはうらやましい限りです。
ハワード:これはTSUBAKIさんというボタニカルアーティストの作品です。TOKYO CREATION CENTERにある岩や木は、彼らが実際に山から採ってきたもので、1階の中庭は自然を箱庭のように解釈していますが、屋上はまた違った雰囲気になっています。
岩に生えた木や草、苔がむき出しでスクエアな石板の上に配置されているさまは、まさにアート。TSUBAKI は海外メゾンのしつらえから個人邸や施設の庭づくりまでを手がけ、都会の暮らしの中で自然本来の姿を感じてほしいと、屋内ビオトープなども提案する独創性が持ち味だ。
1階のメイン機能はプロダクトを開発するための工房。フロア中央にはたくさんのミシンや機械、作業台が並ぶ。
ハワード:アークテリクスのものづくりの他社との違いはアナログなところです。HANDS ON。実際に手を動かしてつくるのが大きな特徴だと思っています。パソコン上だけでつくるのではなく、実際にサンプルをつくりながら完成させていけるように、この建物にはダウンジャケット以外のほぼすべての商品をつくる設備が整っています。
1階と2階は吹き抜けになっていて、2階はデザインチームが活動する場所。
階段を登ろうとすると、ハワードさんが「今足を置かれた一段目のその石も、TSUBAKIさんが持ってきてくれたものです。いつも山を感じていたいので、ここにレイアウトしました」と説明してくれた。思わずしゃがんで石に触れる薬師神。「無機質なインテリアの中に自然のものがあるのって、癒されますね」と、山の風景に思いをはせた。
2F|山にまつわる現代アートがデザインルームにも
階段を上がったところには雪が残る岩山の写真が。チェアとローテーブルのセットも置かれ、ちょっとしたミーティングスペースに。
ハワード:これはすごい写真作品なんです。石山和広さんという山形県在住の作家の作品で、何百枚という写真を組み合わせて一枚の写真を完成させるので、すべての箇所に焦点があっているんですよ。近くで見てみてください
薬師神:見事ですね。どうやってつくったんだろう…。
こちらは「TOKYO MIDTOWN AWARD(TMA)」のグランプリを受賞した経歴もある石山和広が、Tokyo Creation Centerのためにつくった新作《 [磊](らい) 》。山頂付近と空は昼の写真、山の麓には焚火を囲む人など夜の写真を組み合わせて、1日の山の様子を1枚の作品の中で表現している。
その奥にはマンガアートが壁一面を埋めるガラス張りの部屋が。
ハワード:入口に本が置かれているんですが、ミーティングルームには横山裕一さんの『ネオ万葉』から抜粋した作品を飾っています。
薬師神:なんだかすごい疾走感のある漫画作品ですね。
横山裕一は擬音語とスピード感のある独自の表現方法で「ネオ漫画」と称され、世界から注目される作家。『ネオ万葉』はタイトルの通り『万葉集』などの古典和歌を題材に描かれた作品だ。壁のマンガは山がモチーフになっていて、この部屋もNOBORUと命名されていた。すべてが山につながっている。
2階のデザイナールームも中央に作業台が置かれ仕切りなどがない。
ハワード:デザインチームでアイデアなどをすぐに語り合えるようにオープンスペースにしています。これは4層すべてに共通です。
薬師神:素早く、密にコミュニケーションが取れるということですね。素晴らしい。
Rooftop|アスリートやクリエイターと集い交流を深める屋上
続いては屋上。どうなっているのか内心ワクワクしながらハワードさんに続く。
薬師神:これは! ウッドデッキに植栽も豊かですごく気持ちのいい屋上ですね。
ハワード:屋上にはバンクーバーを思い出すような植物もあって、私自身の憩いの場所にもなっています。
カリモク特製のアークテリクスロゴ入りのデッキチェアが置かれ、ちょっとしたガーデンパーティができるようなスペースに。さらに階段の奥に向かうハワードさん。
そこには高知県の魚梁瀬杉(ヤナセスギ)でつくられたサークル型のベンチが。このベンチは長年にわたり木造住宅を手がけてきた三菱地所ホームが、木の魅力を発信し、木を媒介としてよりよい未来を拓くために立ち上げたKIDZUKIの協力を得てつくられたもの。
ハワード:ここはみんなで集まれる場所としてつくりました。アークテリクスのデザイナーがアスリートや山岳ガイド、クリエイターや職人…いろいろな人と出会い、話をして交流を深める場になってくれればいいなと思っています。
薬師神:サークルベンチの中に入ってこうして向き合って話していると、すごく親密になれた気がします。この素敵な場所に、一般の人たちが入れるチャンスはありますか?
ハワード:イベントやプログラムを開催して一般の方を招待することも考えています。まだジャスト・アイデアの段階ですが、例えばウェアやクライミングギアのリペアイベント。ダメージのあるものをアークテリクスブランドにこだわらずに受け入れて、東京の山のコミュニティとも出会いたいとも思っています。
空間だけでなくマインドもオープンで、懐が深い。
Basement|コミュニケーションイベントを開催する空間として
ラストは地下。ここも階段を下りたスペースに踊り場があり、工芸品のようなチェアとテーブル、木を使った照明器具が設置され、壁には年輪を描いたアート作品が。
中央には広々とした多機能スペースが広がり、その一角に素材や道具、器具を収納するカッティングルームも。奥には会議室があるが、どの部屋もガラス張りで風通しがいい。
地下の会議室に飾られたアート作品は、どこか民藝的なムード。
ハワード:これは京都の和紙職人、ハタノワタルさんの作品で《山》という漢字がモチーフになっています。ハタノさんが山で採った泥を墨のように使って和紙に描き、書画のような趣があります。
ハタノワタルは京都・綾部でつくられる黒谷和紙の職人であり、作家としても活動する。小物から家具、内装、アート作品まで幅広く、伝統工芸とアートを結びつける活動をしている。
薬師神:どのフロアにも山にまつわるアート作品があって、TOKYO CREATION CENTERは美術館と工房を融合したような場所ですね。
センター内をひと通り説明いただいた後は、会議室で歓談タイム。
薬師神:アークテリクスの世界で3番目のCREATION CENTERということですが、なぜ東京を選ばれたんですか?
ハワード:活気のあるいいブランドであるためには、好奇心が大切だと思っています。またグローバルに成長するためには、北米エリア以外に目を向けていくことも重要です。東京には、クラフトやデザインへの強いこだわり、イノベーションなどアークテリクスが持っている価値観や文化に近しいものがありつつ、違う視点がある。その違いはとても興味深く、そこからインサイトを得ることは、大きな価値だと思っています。
薬師神:1階のウォールディスプレイは誰がキュレーションしたんですか?
ハワード:この建物を設計したトラフ建築設計事務所の方が紹介してくださったスタイリストの竹内優介さんが、とてもいい仕事をしてくれました。トラフさんが設計や内装の枠を超えたディレクションをしてくださって、いいクリエイターやアーティストを呼び込んでくれたんです。1階の壁の展示は伝統からスーパーモダンまで、みんなでいっしょに選んでつくりあげました。
最後はハワードさんとTOKYO CREATION CENTERのスタッフの記念撮影でしめくくろう。
ハワード:私のとなりに座っているのはバンクーバーから東京に来てくれたシニアデザイナーのジャスティーン・エドラリン。トモヒロ・ホソゴエ(右から2番目)もバンクーバーからのスタッフです。彼はデザインコラボレーションディレクターとして、これから日本でのコラボレーションを担当するキーパーソンになります。
右端の廣澤 慶さんは元ビームスのバイヤーで、アークテリクスのコレクターとしても知られる人物。TOKYO CREATION CENTERのシニアクリエイティブコンサルタントに就任している。薬師神の隣の女性はエグゼクティブアシスタントの細谷華奈子さん。左端は本日通訳もしてくださったスタジオマネージャーの横山聡子さん。
薬師神:TOKYO CREATION CENTERで開発されたプロダクトはいつ頃、市場に登場するんでしょう?
ハワード:TOKYO CREATION CENTERはまだ始まったばかりで、これからどんどん人も入ってきます。発売時期は未定ですが、楽しみにしていてください。
アークテリクスはアメリカ・オレンゴン州ポートランドに2021年にオフィスを構えたことで、シューズのコレクションが飛躍的に向上した。TOKYO CREATION CENTERでは、どんな化学反応が生まれてプロダクトに反映されるのか? 今から待ち遠しい!