2020.02.01
最終更新日:2024.03.07

祐真朋樹の密かな買い物 Vol.70 メゾン マルジェラのタキシードスーツ|2020年1月号掲載

’90年代前半は頻繁にタキシードを着ていた。シャンパンの魔力に引き込まれたのもその頃。部屋着感覚でタキシードスーツを着て、カクテルタイムにシャンパンを浴びる。時差ボケと酔いが重なり、バーのカウンターやレストランのテーブルでの寝落ちも数知れず。振り返ればダサくてみっともない時代だった。最近、タキシード熱が再燃。さて、どうなる?

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僕がミラノコレクションに通いだしたのは、’90年代前半のことだった。ジョルジオ アルマーニやロメオジリなど、’80年代から続く人気ブランドが見たかったのだが、何よりドルチェ&ガッバーナのコレクションが見たかった。



ランウェイで次シーズンのコレクションを見てフレッシュな世界観に想像力をかき立てられ、ショップへ行っては店頭の服を思う存分試着して買う。そしておいしいイタリアンに舌鼓。このパターンがすこぶる気に入って、以降、ルーティーンとなった。



ブランドの勢いを肌で感じながら新しい服を買う愉しみは、何ものにも代えがたいエキサイティングな体験だ。その夢のような時代の途中に、タキシードをカジュアルに着るスタイルにはまった。



TPOなど完全無視。無知と言われればそれまでだが、何かを改革しているような気分にもなった。たとえそれが錯覚であっても、反体制的な気分になれるのが刺激的だった。世紀末という時代の空気も背中を押していたのだと思う。



’90年代中盤以降になると、トム・フォードのグッチやプラダのメンズラインが登場し、マイ・クロゼット内のドルチェ&ガッバーナの勢力は徐々に減退していくことに。そしてグッチのイブニングシャツやベルベットスーツ、プラダのアストラカンカラーのコートなど、「イブニングクローズをカジュアルに着る」というトレンドがやってきて、タキシードを日常着として着るスタイルが市民権を得た。



2000年を過ぎると、トム・フォードのサンローラン、エディ・スリマンのディオール オム、そして、トム・フォード自身のブランドにアレキサンダー・マックイーン…等々、僕のクロゼットには数え切れないほどのタキシードが集結してきた。中にはティモシー エベレスト、ダンヒルのディナージャケット&フロックコートもある。



僕はどうしてこんなにイブニングクローズを着るのが好きなのだろう。たぶんドレスを着崩すのが好きだからだと思う。いわゆる「パーティ帰り」の感じ。それがいちばん落ち着くのだ。しかしこんなにタキシードやディナージャケットを持っていても、正式なブラックタイスタイルは一度もしたことはない。ホワイトタイの経験も今まで一度もないのである。



そんな中、最近僕のクロゼットに加わったのがメゾン マルジェラのタキシードである。撮影でモデルに着せるために借りたのがきっかけだった。撮影前夜、インナーにドレスシャツやタートルネックニットを合わせてコーディネートを考えていたら、無性にこのタキシードが欲しくなってきた。



撮影の前日は、予定しているコーディネートでアシスタントに試着させていたのだが、最近は自分で着てみる。実際に着ると、服の魅力がダイレクトに伝わってくるものとそうでないものとの差がよくわかる。



このセットアップは、ジョン・ガリアーノのエドワーディアン志向な職人技が光るテーラーリングと、マルジェラ本来のミニマムで控えめなデザイン性とが絶妙に調和している傑作だと思う。どこからともなく漂う危ういムードは、ガリアーノが加わってこそのなせる業だ。



最近は酒量も減り、シャンパンを浴びる機会もなくなった。が、このタキシードにはシャンパンが必要な気がする。でももう溺れるほど飲むのはやめて、良質なものを1〜2 杯だけ飲むことにしようと思う。



(左)千鳥格子の服を着ると落ち着く。このドルチェ&ガッバーナのロングコートは、ゆったり着たいのでワンサイズ大きめを選んだ。(中)フィレンツェのグッチガーデンでしか買えないT シャツ。“Garden”のフォントが好き。(右)メゾン マルジェラのタキシード。張りと艶のある生地にひと目惚れ。ボタンのサイズやラペルの形などの微妙なバランスに惹かれる。パンツ丈はくるぶし上にして、軽やかさを演出。
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Text:Tomoki Sukezane
Illustration:Sara Guindon
Photos:Hisashi Ogawa

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