先日は3泊5日でニューヨークへ。超短期の海外出張にも慣れてきた。細かい記憶はほぼ残っていないが、なぜか歩いているときの記憶は濃密。多分、歩くことは大切なんだと思う。で、マディソンアヴェニュー散歩録。
マディソンアヴェニューの76丁目から25丁目までを一気に歩いた。まだ夏の日差しだったが、日陰に入ると心地よい。歩きながら、初めてニューヨークに来たときのことを思い出した。
僕の初ニューヨークは1988年のクリスマス。当時はマディソンアヴェニュー77丁目のホテルに泊まり、毎日歩いてダウンタウンへと向かった。この日と同じ道だ。
この夏、30年来の友人が若くして亡くなった。彼がニューヨークに住んでいた頃、一緒に遊んだ思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
僕はニューヨークに来ると、マディソンアヴェニューを歩くことが圧倒的に多い。道幅や景観が好きだ。アップタウン、ミッドタウン、ダウンタウンと、街の気配が微妙に変化するのもマディソンアヴェニューの魅力。
65丁目で立ち止まり、ヴィアンドコーヒーショップへ入ろうか迷うが、ランチ直後だったのでやめにして、外観を撮影してインスタグラムに上げた。すると、古い友人から「ニューヨークにいるんだね」とメールが届いた。
まだ、京都に住んでいた頃、その友人はニューヨークに留学した。僕はディスコで知り合った新婚旅行中のニューヨーカーのカップルと友達になり、「友人があさってからニューヨークへ留学に行くんだ」と伝えると、二人は住所と電話番号を教えてくれた。そのメモを旅立つ友人に渡したら、結局彼は数日後、ニューヨークに着くとミッドタウンにある彼らのアパートに数日居候したとのこと。ウルルンな縁だ。
今も友人は彼らと連絡を取り合っているとのこと。「二人は離婚したけど、それぞれ連絡できるから、会うか?」というメールが来たが、「33年も前のことだし、そもそも今回の3泊5日の日程では厳しい」と僕は返事をした。すると彼は、僕たちが20歳のときに毎日通っていたジャズバーのマスターが死んだことを伝えてきた。47丁目辺りに差しかかっていた。
僕は友人と、そのマスターの店「ソングス」に通っていた頃のことを思い出した。僕らは当時、その店に流れるスローで非現実的な時間の虜だった。それはマスターのパーソナリティなしには考えられなかったと思う。僕らにとってマスターは、茶室の主人のようなものだった。
友人は、そこで聴いたスタン・ゲッツやレッド・ガーランド、トミー・フラナガン、カウント・ベイシー…を、今も毎日のように聴いているという。そこから39丁目辺りまで、僕は「フライト・トゥ・デンマーク」を口笛で吹きながら歩いた。
すると、コーディネーターから、翌日のトム・フォード氏へのインタビューに関してLINEが届いた。一気に現実に戻った。どれくらいの時間歩いただろう。
さて、明日はトム様に何を聞こうか? 気づくとエディションホテルの部屋に着いていた。明日は相当緊張するだろうなと思うと、11月号で横尾忠則さんを撮影したときの状況が甦った。程よい緊張は常に必要だからね、と自分に言い聞かせた。
スリーピースに着替え、76丁目のショップで買った〈トム フォード〉のサイドゴアブーツを箱から取り出して履く。ドリス ヴァン ノッテンのド派手なパンツを合わせてみたら、パンツ丈とブーツのヒールがアンバランスなのに気がついた。途端に緊張はますます高まった。どうすっぺよ??
Illustration:Sara Guindon
Photos:Hisashi Ogawa