熱いリアルコレクションの躍動感に心躍った。中でもセリーヌのコレクションは圧巻だった。会場周辺を埋め尽くした人の数と熱気に驚愕。セレブリティとブランドの濃密なつながりに、ファッションブランドの未来を確信した。そんな中、1910年代〜’20年代に思いを馳せて、モンパルナスでファッション撮影を試みた。
約1000日ぶりの海外渡航だった。72時間前までのPCR検査を受けて、いざパリへ。直行便ながら15時間と長めのフライトは、ロシア・ウクライナ紛争のため航路を変更しているから。機内で映画を数本観たが、印象に残ったのは『ゴヤの名画と優しい泥棒』だった。主演のジム・ブロードベントの演技に終始見せられた。夫人役のヘレン・ミレンも素晴らしい。とりわけ印象的だったのは後半の裁判シーン。弁護士役のマシュー・グードと、ジム・ブロードベントのやりとりに泣けた。思わず同じシーンをリピートして観てしまう。機内で涙もろくなるのは高度のせいだろうか。フランスの入国審査は、以前と変わることなくシンプルだった。いろいろと書類は準備していたが、確認されることはなかった。
パリのメンズコレクションを初めて見に行ったのは1989年のこと。なんと30年以上も前だ。以来、ここ3年のコロナ禍以外は、ほぼ欠かさず見に来ていた。そのせいか、3年ぶりではあったが、晴天の空の下、ヴァンドーム広場を歩いていると、つい最近も来ていたような錯覚に陥った。いかんいかん、これはけっして当たり前なことではない。感謝せねば。こんな時代にこうしていられる幸運に。とっさにヴァンドームのモニュメントに手を合わせてしまった。最近は何かと「祈る」機会が増えた。
コレクションは、初日はスキップ。以降5日間で20メゾンくらい見た。コム デ ギャルソン、ジュンヤ ワタナベ マン、ルイ・ヴィトン、ディオール、ジバンシィ、ケンゾー、トム ブラウン、ロエベ、カラー、セリーヌ…リアルなショーを見まくった。あらためて、実際に自分の目で見るショーの力に感動し、このスペシャルな出来事に参加できたことに感謝した。
コレクションが終わった翌日は、某誌のファッション撮影が入っていた。今回のスタイリストは野口強さんで、僕はカメラマンとして写真を撮った。モデルのキャスティングを一緒に行い、撮りたい場所はモンパルナスという僕の希望が通った。フィルムで撮影をしたかったので、久々にライカのM6とM7を1台ずつ持って行った。今やフィルムは稀少な存在で、東京で揃えたが簡単ではなかった。イルフォードのISO400を探し、数日かけて11本集めた。ほかにコダックのISO400を10本。すべてモノクロフィルムだ。パリやニューヨーク、ロンドンという場所で、モノクロフィルムでファッション写真を撮るのは気分が上がる。やる気満々になる。目に見えないファッションの力に導かれるような気持ちになるのである。モンパルナスというのは、1910年代〜’20年代に活躍した芸術家たちがウロウロしていた場所。その空気感が、最新コレクションのテイストと絶妙に結びつくと思った。未来は過去とつながっている。モンパルナスは、それがリアルに感じられる場所だと思うのだ。
さて、今回のイラストの僕は、そんなパリをイメージして、オリーブカラーのコットンスーツを着ている。ひと昔前、マルセル・ラサンスやレクレルール、パリのオールドイングランドなどで買ったオリーブ色のコットンスーツは、僕にとってパリそのもののイメージなのだ。合わせるのはボーダーT。この夏は、ビタミンカラーのオレンジに注目しております。クロゼットから新旧の小物を取り出して撮影しました。
Illustration:Sara Guindon
Photos:Hisashi Ogawa