2024.04.14
最終更新日:2024.04.14

哲学の仕事って何?『ONE PIECE』海賊王のひと言から考えてみる【飲み会で使える! ポピュラー哲学講座 西 周編|谷川嘉浩】

第1回|哲学の仕事って何? 『ONE PIECE』海賊王のひと言から考えてみる

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西 周(にし あまね)

幕末から明治にかけて活躍した思想家。徳川慶喜のブレーンであり、明治になってからは諸省の官僚を歴任。「哲学」をはじめ、それまで日本になかったさまざまな訳語を生み出したことでも知られる。今回の話をもっと知りたい人は、石井雅巳『西周と「哲学」の誕生』や柳父章『翻訳語成立事情』がおすすめ。

「哲学」と聞くと、反射的に面倒で難解そうだと思われがちです。それに身を捧げた「哲学者」となると、スター・ウォーズのヨーダか、チベットの僧侶みたいなイメージを抱かれることもあります。俗世を離れて山奥で修行し、時々深遠で解釈の難しいことを口走り、霞を食べて暮らしていそうな仙人みたいな人——。ですが、残念ながらその期待には応えられません。私はバラエティも観るし、ファッションもぼちぼち好きだし、アニメやドラマ、音楽も好むし、漫画は年に900冊くらい読みます。そんな人の目で見ると、社会の複雑さや感情の機微を描くポピュラーカルチャーは、哲学との相性がいい。なので、文化を絡めつつ飲み会でも使える哲学の話をしていきますね。

 哲学者の青山拓央は、「生活を支える概念を精緻化し刷新していくこと」が哲学の重要な仕事の一つだと指摘しています。概念の整備こそが哲学の価値の一つだと。「概念」と聞いて、もう逃げ出したくなっているかもしれませんが、フレーミングとか、ものの見方や枠組みのことだと思って構いません。

 彼の指摘が面白いのは、「水や安全がタダではないように概念もタダではない」と言いながら、哲学の仕事をインフラ整備になぞらえていることです。その実情を知るには、明治時代に「概念のインフラ整備」を一手に担った人物を見るのがいいでしょう。

 福澤諭吉らと明六社をつくった西周(1829-1897)は、翻訳を通して、社会、知識、取引、芸術、心理、消費、科学、権利などの概念をつくりました。ちなみに、日本における「哲学」の概念も、「希哲学」という造語に由来します。

 この概念なくしては言えないこと、考えられないこと、できない行動は無数にあるはずです。西が生んだ概念は、学問はもちろん、政治や報道など、さまざまな活動のインフラになっています。概念が整備されることで、新しい行為や生活のあり方が可能になるわけです。

 たとえ話をしましょう。『ONE PIECE』(集英社)のスタート地点に置かれているのは、ゴール・D・ロジャーのひと言です。「おれの財宝か? 欲しけりゃくれてやるぜ…探してみろ この世の全てをそこに置いてきた」と、衆人の前で彼は口にします。その財宝を求めて、多数の海賊が生まれ、海軍やほかの海賊と覇を争う「大海賊時代」が生まれた。彼のひと言は、新しい時代を生み出すインフラになったわけです。

『ONE PIECE』では、ロジャーの存在すら意識していない登場人物も、彼の枠組みの内で生活しています。相当デカい話でしたが、ある意味で彼は哲学者のような仕事をしたのだと言えるでしょうし、ある意味で哲学者の仕事はこれくらいデカいとも言えます。

谷川嘉浩

哲学者。京都市立芸術大学美術学部デザイン科で講師を務める。著書に『スマホ時代の哲学 失われた孤独をめぐる冒険』『鶴見俊輔の言葉と倫理』『信仰と想像力の哲学』など。

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