世界でヒットしている曲を内容まで理解して聴いてみるのはどうだろう? 人気音楽プロデューサー、いしわたり淳治氏のナビゲートでお届けする。
大人になると似合う音楽
自分が年齢を重ねるにつれて、服のように音楽にも、その年齢に似合う、似合わないがあることに気づかされる。今回はルイス・キャパルディの「Pointless」を取り上げたい。彼の歌声とサウンドは40代のわれわれによく似合う何かをたたえている気がする。
ビルボード全英1位を獲得したこの曲は、「彼女に朝コーヒーを持っていくと心に平和をくれる しゃれたレストランに行くと僕から悲しみを消してくれる バースデイカードを作るとちょっとはマシな男になった気分をくれる 彼女はありのままの僕を認めてくれる 僕は彼女があれこれ悩み考えているのが好きで 彼女は僕が家にいるのが好き 彼女の様子がおかしければ僕が気づくし 僕が寂しいときには彼女が気づいてくれる 僕が気取った態度をとっても 普通にしていても 君なしには何もかも無意味だよ 僕が追うすべての夢の中で 大切なのはただ一つ 君なしには何もかも無意味だから」と歌われる。
こうして読むと、 “君(彼女)”へ向けたラブソングのように聴こえるが、この曲のMVはシングルマザーと一人息子が幼いときから成長していく姿を追いかけた映像になっている。確かにこの歌を子どもに重ねて聴くとまた別の感情が込み上げてくる。
私も気づけば46歳になり、二人の息子の子育てに一喜一憂する日々だ。若い頃は、幸せは遠くにあると思い込んで、生き急いでは息を切らしていたけれど、今は目の前の家族を見つめて、地に足を着けて暮らしている。つくづく、家族が増えることは、「心が増える」こととイコールだなと思う。昔は自分一人分しかなかったはずの悩みや悲しみが今は家族の人数分ある。それは喜びもまたしかりである。“手応えのある仕事”を求めていた嵐のような時を過ぎて、今は“手応えのある生活”を求めている自分もいる。
約2年半にわたって続いたこの連載も今回で最終回。たぶん私たちはもう十分に大人だけれど、まだこれからも、うんざりするくらいに、大人になっていくのだと思う。その傍らにどんな歌が似合うだろう。皆さんもこれからも素敵な音楽ライフを送ってください。ありがとうございました。
いしわたり淳治
作詞家、音楽プロデューサー。1997年、バンド「スーパーカー」のギタリストとしてデビューし、すべてのギターと作詞を担当。現在までに700曲以上の楽曲を手がけている。