世界でヒットしている曲を内容まで理解して聴いてみるのはどうだろう? 人気音楽プロデューサー、いしわたり淳治氏のナビゲートでお届けする。
ヴァンパイアあるあるの秀逸さ
今回はオリヴィア・ロドリゴの「ヴァンパイア」を取り上げたい。2021年にリリースされたデビュー・アルバム『サワー』がグラミー賞7部門でノミネート、最優秀新人賞を含む3部門を受賞するなど、華々しいデビューを飾った彼女。失恋をテーマにした曲が多く、その言葉の熱量と作詞のテクニックは、今の音楽界においてほかのアーティストを圧倒していると言える。約2年半ぶりの新曲「ヴァンパイア」もまた、彼女らしいリアリティあふれる描写で綴られた失恋ソングである。
歌詞は「最近どう?なんて声かけて あなたが他人を気にかけてるふりしてんのが憎い 人を踏み台にして築いたお城の住み心地はどう? まさにあなたが欲しかったものだね よかったじゃん 目を閉じれば思い出すパーティとダイヤモンド あなたが私に禁断の楽園と称して売り込んだ6カ月に及ぶ拷問 あなたを心から愛してたなんてね 私の愚かさ笑えるでしょ」と始まり、サビでは「私は大きな失敗を犯してきた でもあなたは最悪なことも まるで問題がないってふうに見せかける 何かがおかしいって気づくべきだった あなたは夜しか姿を現さないの 私は自分が賢いと思ってたけど 一緒にいた間は世間知らずだった その牙で私に嚙みついた 吸血鬼 名声を食い物にする人でなし ヴァンパイアみたいに 私の血を枯らしてしまう」と歌われる。
元彼をヴァンパイアにたとえる歌は世の中にはたくさんある。でもその多くは、「私はあなたに全部吸い取られた」といった歌である。しかし、当然彼女はそれだけでは終わらない。「夜しか姿を現さない」なんてヴァンパイアあるあるをさらりと書き込み、さらには「お城に住んでいる」というあるあるを盛り込み、そのお城の伏線として「人を踏み台にして築いた」と書き、その「人を踏み台にする」の具体例として元彼の人たらしなキャラクターが垣間見える「最近どう?」という日頃の何気ないセリフから書き始める。サビへ向かってこれほどきれいな言葉の階段を作れるのは天才の証しである。願わくば、この素晴らしい才能で書かれた幸せな歌をもっと聞かせてほしいと思うのは、私だけだろうか。
いしわたり淳治
作詞家、音楽プロデューサー。1997年、バンド「スーパーカー」のギタリストとしてデビューし、すべてのギターと作詞を担当。現在までに700曲以上の楽曲を手がけている。