2024.10.19

『F-1 Trillion』ポスト・マローン|ラップ発カントリー行きのロック・スター【超初心者のためのHIPHOP STARTUP|長谷川町蔵】

「ヒップホップとは」を長谷川町蔵さんが初心者にもわかりやすく解説する。

『F-1 Trillion』ポスト・マローン

『F-1 Trillion』ポスト・マローン
UNIVERSAL MUSIC JAPAN

ポスト・マローン ラップ発カントリー行きのロック・スター

 現在、米国のヒットチャートは、ヒップホップ・R&B〜ダンスポップと、カントリーの二つのジャンルに分断されている。以前はその中心にロックがいていちばん売れていたのだけど今では衰退してしまった。

 ロックの凋落で出現したこうした空白地帯を制したのが、カントリー出身でありながらダンスポップの要素を取り入れたスーパースター、テイラー・スウィフトだった。最新アルバム『The Tortured Poets Department』は驚異的なセールスを記録している。そんなテイラーの活躍を見すごさなかったのが、R&Bの女王ビヨンセである。彼女は今年、テイラーとは逆のアプローチで、カントリーの要素を取り入れた力作『Cowboy Carter』をリリース。悲願だったグラミー賞の年間最優秀アルバムをゲットしそうな勢いだ。

 それに倣ったのか、ビヨンセと同郷のテキサス育ちのラッパー、ポスト・マローンも、ドリー・パートンやモーガン・ウォーレンといったカントリー界の大スターと共演したカントリー風アルバム『F-1 Trillion』を先日発表した。ただしポスティー(愛称)の場合、ビヨンセとは少々事情が異なる。というのも、イタリア系白人の彼はもともとロック・ミュージシャン志望だったにもかかわらず、ロックではレコード会社から相手にされなかったため、ヒップホップ・ビートをバックに鼻歌メロディを口ずさむラッパーに変身してデビューに漕ぎ着けた過去があるからだ。そんな彼だけにカントリーの取り入れ方も器用。オートチューンで加工したヴォーカルを除けば、もともとカントリーをやっていた人と言われれば信じてしまいそうなくらいハマっている。

 はたしてポスティーは単なる売れ線狙いの守銭奴なのだろうか? いや、そうではないはず。カントリーの名曲の中には犯罪やアルコール中毒について歌われたラップ以上にヤバい曲も多い。つまり彼はラップと同様に、カントリーの中に「ロック」を見いだしているだけなのだ。そんなポスティーこそ現在米国音楽シーンの中心に立つ人物であることは、『The Tortured Poets Department』と『Cowboy Carter』の両方にゲスト参加している事実が証明している。

長谷川町蔵

文筆家。とてもわかりやすいと巷で評判の、大和田俊之氏との共著『文化系のためのヒップホップ入門1〜3』(アルテスパブリッシング)が絶賛発売中。

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