「ヒップホップとは」を長谷川町蔵さんが初心者にもわかりやすく解説する。
『THE FORCE』LL・クール・J
LL・クール・J 錆びついていなかった喧嘩番長
ヒップホップが商業的にこれだけビッグになったのはなぜか? 理由はいろいろ考えられるけど、第二世代のアーティストに恵まれていたことは外せない。ヒップホップ誕生にたまたまかかわった街角の不良にすぎない第一世代に対し、子どもの頃からヒップホップを聴いて育った第二世代は最初からラップがうまく、パフォーマーとして安定感があった。そんな彼らが十代で続々とアルバム・デビューしたからこそ、ヒップホップはロックに取って代わる若者の音楽と見なされるまでになったのだ。
しかし彼らに華がありすぎたことが災いとなった。ウィル・スミスやクイーン・ラティファ、アイス・キューブといったこの世代のスターたちは、ハリウッドからの誘いの声に応えて、こぞって俳優へと転身。今ではもともとラッパーだったことを知らない人のほうが多いほどだ。LL・クール・Jもその一人。この15年間というもの彼は、刑事ドラマ『NCIS:LA 〜極秘潜入捜査班』の捜査官役を演じながら、バラエティ番組『リップシンク・バトル』やグラミー賞の司会を行うなどしてお茶の間の人気を博してきたのだった。
そんなLLが先日、ラッパーとして実に11年ぶりとなるアルバム『THE FORCE』をリリースした。前作『Authentic』が昔からのファンだけに向けられた懐古趣味的なアルバムだったので、本作でもその路線を押し進めると思いきや、新規ファンを獲得する気満々のエッジィな仕上がりにびっくり。傑作となった要因は天才プロデューサー、Qティップが全曲を手がけていることにあるのだけど、そもそも仕事をしないことで有名な彼を引きずり出したのはLL本人。彼のテンション高いラップを、俳優の課外活動と感じるリスナーはいないはずだ。
今こそ温和な印象が強いLLだけど、思い起こせば「おまえなんか実力不足のアイドル・ラッパー」とビーフを仕掛けてきた第一世代きってのラップ猛者、クール・モー・ディーにディスソングの応酬で勝利を収めた第二世代きっての喧嘩番長だった。そんな彼が、芸能活動の陰で隠し持っていた刃はまったく錆びついていなかったのだ。
文筆家。とてもわかりやすいと巷で評判の、大和田俊之氏との共著『文化系のためのヒップホップ入門1〜3』(アルテスパブリッシング)が絶賛発売中。