「ヒップホップとは」を長谷川町蔵さんが初心者にもわかりやすく解説する。
『Missionary』スヌープ・ドッグ

スヌープ・ドッグ 訳あってのトランプ・サポーター
現在ヒップホップ界で最も「見損なった」と非難されているラッパー。それがスヌープ・ドッグである。昨年はパリ五輪のテレビ中継のパーソナリティをこなし、恩師ドクター・ドレーが31年ぶりに全曲プロデュースを手がけた力作『Missionary』を発表するなど、変わらぬ人気を誇っていたはずの彼に一体何が起きたのだろうか?
理由は、ドナルド・トランプの大統領就任を祝うべく、暗号資産業界の大物たちが開催したイベント「クリプト・ボール」で、スヌープがDJを行ったことが報じられたから。もともと彼は、2016年の大統領選の際にはトランプの対抗馬だったヒラリー・クリントンを熱烈に応援していた民主党サポーターだった。しかも今回の民主党候補カマラ・ハリスはスヌープと同じカリフォルニア出身のアフリカ系。そのため、物価高の直撃を受けながら、同州のアフリカ系住民の大多数はハリスに投票していたという。にもかかわらずトランプを支持したスヌープは「悪魔に魂を売った」とかボロクソに言われているというわけだ。
ただしスヌープの側にも、こうした行動をとらなければならない事情があった。彼は、自分をスターにしてくれたレコード会社デス・ロウ・レコード(いろいろあって現在はスヌープ自身が経営している)に深い恩義を感じていたのだが、創立者の一人マイケル“ハリー・O”ハリスはモノホンのギャング。このため殺人容疑とドラッグ取引の容疑で逮捕されてしまい、33年間も収監されていたのだ。しかしトランプが大統領だった2021年に恩赦を受けて、まさかの出所。「アフリカ系大統領だったオバマすらできなかった奇跡を起こしてくれた」と感激したスヌープは翌年以降、ひっそり共和党支持へと転じていたのだ。
そもそもヒップホップとは「ストリートからのメッセージ」以前に「ホーミー(地元のダチ)と盛り上がるための音楽」なので、こうした選択も理屈としてはアリ。ただ個人的には、それならそれで、ニューヨーク育ちの億万長者なんかより、大火事で被災したロサンゼルスのホーミーのために行動を起こすべきだと思うのだけど。
文筆家。とてもわかりやすいと巷で評判の、大和田俊之氏との共著『文化系のためのヒップホップ入門1〜3』(アルテスパブリッシング)が絶賛発売中。