「ヒップホップとは」を長谷川町蔵さんが初心者にもわかりやすく解説する連載の第9回目。今回は、今から30年前に『燃えよウータン』でデビューし、シーンに衝撃を与えたウータン・クランの結成秘話について。
今回のアーティスト&作品
『燃えよウータン』
ウータン・クラン
Sony Music
今から30年前にウータン・クランが『燃えよウータン』でデビューしたときの衝撃はいまだに覚えている。その当時、ニューヨークのヒップホップはジャズっぽいトラックや意識高い系リリックによって、洗練の極みに達していた。だが辺境のスタテン・アイランドを拠点にしていた彼らはまったく違った。歪みまくったビートの上で何人ものMCがカンフー映画に影響されたリリックを競うようにラップする特異なスタイルをひっさげて登場すると、瞬く間にシーンを制覇したのである。
以来メソッド・マンや故オール・ダーティ・バスタードらメンバーはそれぞれソロでも活躍。特にリーダーのRZAはクエンティン・タランティーノ監督作『キル・ビル』の音楽を手がけたり、監督兼主演作『アイアン・フィスト』を発表するなど、映像の世界でも地位を確立した。そんなRZAが、ウータン・クランの結成秘話を描いたテレビドラマが「ウータン・クラン:アメリカン・サーガ」(Disney+にて配信中)である。
てっきり真面目な再現ドラマかと思って見たら驚いた。何しろメンバーの一人であるレイクウォンが第一話冒頭で、のちにデュオアルバムまで作る仲のゴーストフェイスの自宅を銃撃するのだ。実はこのエピソードは完全な創作。レイクウォンとゴーストフェイスは別々の公団に住んでいたため、それぞれが所属するギャングの仲は険悪だったものの、二人は一度もけんかすらしたことがないそうだ。しかしその一方でRZAの妹がゴーストフェイスとの子どもを出産したり、チンピラ相手に正当防衛しただけのRZAが危うく懲役刑を喰らいそうになったエピソードは実話らしい。
考えてみれば、自分の曲で過去の武勇伝を「盛る」ことで自らを偶像化するのはラッパーにとってのお約束である。RZAはそれを映像でやってみせただけなのだ。だからこそサブタイトルに「アメリカン・サーガ(アメリカの英雄伝説)」とつけたにちがいない。
長谷川町蔵
文筆家。とてもわかりやすいと巷で評判の、大和田俊之氏との共著『文化系のためのヒップホップ入門1〜3』(アルテスパブリッシング)が絶賛発売中。