「ヒップホップとは」を長谷川町蔵さんが初心者にもわかりやすく解説する連載の第8回目。今回は、叔父と甥によるラップ・デュオ、クエイヴォ、テイクオフによるアルバム『Only Built for Infinity Links』 について。
今回のアーティスト&作品
『Only Built for Infinity Links』
クエイヴォ、テイクオフ
UNIVERSAL MUSIC JAPAN
ロック・ミュージシャンにはない「ラッパーあるある」に「従兄弟でグループを結成しがち」というのがある。理由はアフリカ系米国人家庭におけるシングルマザー率の高さ。母親は働きに出る際、子どもを自分の母(つまり子にとっては祖母)の家に預けるのだが、その家には母親の姉妹の子も預けられているため、孫同士がラップで遊び始めて、そのままプロになるというわけだ。たまに祖母がまだ若く、孫と同世代の子どもを育てていることもあり、その場合は叔父と甥でグループが結成される。ピンとこない人は『サザエさん』のカツオとタラちゃんがラッパーになった姿を想像してほしい。
アトランタが生んだ史上最高のラップ・トリオ、ミーゴスは、クエイヴォ(カツオ)とその従兄弟オフセット、そしてテイクオフ(タラちゃん)によるグループだ。彼らの特徴は顔がみんな似ていること(親戚だから)、そして3人のラップが入れ替わり立ち替わり前に出てくるコンビネーションの妙にある。幼い頃から一緒にラップしていた彼らは、何の打ち合わせもなく複雑なフォーメーションをこなしてしまう。しかも詞は完全即興。ほとんどの曲は15分以内で作詞からレコーディングまで終えていたというのだから恐ろしい。
そんなミーゴスだったが、女性ナンバーワン・ラッパー、カーディ・Bと結婚したオフセットが「いつまでも親戚とツルんでるのはダサい」とソロ志向を強めたために活動休止に。残された二人はデュオで『Only Built for Infinity Links(無限の絆で築かれたもの)』と題したアルバムをリリースして、叔父と甥の永遠の絆を熱く語っていたのだが、’22年11月に悲劇が起きた。プロモーションで訪れたテキサスのボウリング場でテイクオフが何者かに銃撃を受けて、命を落としてしまったのだ。享年28歳。あの3人のラップはもう聴けない。銃撃による死も「ラッパーあるある」ではあるけれど、これだけは廃れてほしいと思わずにいられない。
長谷川町蔵
文筆家。とてもわかりやすいと巷で評判の、大和田俊之氏との共著『文化系のためのヒップホップ入門1〜3』(アルテスパブリッシング)が絶賛発売中。