「ヒップホップとは」を長谷川町蔵さんが初心者にもわかりやすく解説する連載の第3回目。今回は、LGBTQへの偏見が根強いヒップホップ界で怒濤の快進撃をみせるリル・ナズ・Xを取り上げる。
今回のアーティスト&楽曲
『MONTERO』
Lil Nas X
Sony Music Labels
「おいらは馬にまたがって、古ぼけた田舎町を突き進む〜」
面白ツイートやギャグ動画によって、ネット界ではちょっとした有名人だった19歳黒人男子リル・ナズ・Xが、そんな歌詞をもつシングル「オールド・タウン・ロード」をリリースしたとき、誰もが一発屋で終わると思った。「ヒップホップ・ビートの上で、わざとカントリー(白人高齢層にファンが多い、アメリカにおける演歌のような音楽。要するにヒップホップとは真逆の存在)っぽい歌詞を歌ってみた」曲でしかなかったからだ。
しかも彼は2019年夏にあっさりゲイであることをカミングアウト。LGBTQへの偏見が根強いヒップホップ界においてこの行動は「ラッパーとして活動を続けていく気はないっすよ」と宣言するに等しかった。
しかしここからリル・ナズ・Xの怒濤の快進撃が始まった。地獄に落とされながら、セクシーパワーで魔王の座を奪い取る「Montero(Call Me by Your Name)」をはじめ、刑務所をまるでマッチョ男にとってのパラダイスのように描いた「Industry Baby」、そしてウエディング・ドレスに身を包んで「音楽」と結婚式を挙げる「Thats What I Want」など、自分がゲイであることを前面に打ち出したド派手なミュージック・ビデオを携えたキャッチーなシングルを次々発表して、大ヒットさせたのだ。
リル・ナズ・Xとは、ヒップホップの異端児なのだろうか? いや、そうは思わない。黒人ラッパーたちはこれまでも「性欲が強く暴力的」といった人種差別的な偏見に対して、それを正面から否定するのではなく、いったん、わざとそれを認めながら、ありえないレベルでエロくて暴力的な詞をラップすることで偏見を無効化してきた。リル・ナズ・Xはそんな方法論を、ジェンダー差別に対して応用してみせたというわけだ。もちろん本人は滅茶苦茶それをエンジョイしながら。
長谷川町蔵
文筆家。とてもわかりやすいと巷で評判の、大和田俊之氏との共著『文化系のためのヒップホップ入門1〜3』(アルテスパブリッシング)が絶賛発売中。