数ある漫画の中から実写にしてほしい作品を、マンガ解説者の南 信長氏が紹介する。
『夜の檸檬にリクエスト』
引きこもりの女子大生が突然
ローカルFMのパーソナリティに!?
漫画家にはラジオ好きが多い。筆者の妻も漫画家だが、よくラジオを聴いている。作画の手を動かしながら聴くには、トークと音楽が適度に混じったラジオがちょうどいいのだ。最近はパソコンやスマホでも聴けるので、一時期よりラジオ派は増えているのではないか。
本作は、そんなラジオの世界を描く。といっても、東京の大手キー局ではなく地方都市のコミュニティFM(一つの市区町村を対象にした地域密着型のFM)が舞台である。
大学生の太田桃音は、母親との確執から対人恐怖に陥り大学も休学、「FMマナカ」の局長である叔父(バツイチ一人暮らし)の家で引きこもり生活を送っていた。ところがある日、叔父が締め切り日を勘違いしていたラジオCMのナレーションを急遽頼まれる。尻込みしながらも世話になっている叔父の頼みを断り切れず、深夜のスタジオでの収録に挑む。人との会話は無理でもマイクに向かってしゃべるのは意外とできて、ちょっとうれしい桃音。そこで叔父に「試しに喋ってみない?」と言われて、誰かが置き忘れていた台本を読んでみたら、まさかの手違いでそのままオンエアされてしまうのだった。
それがきっかけでパーソナリティとしてデビューすることになり…という展開は、小規模なローカル局ならでは。自分には何もないと思っていた桃音だったが、人気パーソナリティのリョータに声質を褒められ、リスナーからの反響も彼女を勇気づける。顔は見えないのに距離が近く感じられるのは、ラジオというメディアの魅力。それはリスナーにとっても同様だ。
孤独な引きこもりだった桃音がラジオによって社会とつながる。“箱入り娘”設定の「薔薇園檸檬」の名前でマイクに向かえば、スイッチが入ったかのようにキャラになりきる変身ぶりにぐっとくる。作中では桃音がリョータに背中を押されたが、この作品をきっかけに何かの一歩を踏み出す人もいるかもしれない。
ほかのパーソナリティたちのラジオへの想い、災害や非常時の役割など、お仕事ドラマの要素もある。実在の楽曲タイトルが登場するのもミソ。各キャラの声を想像するのも楽しいが、実写化で俳優たちがしゃべって曲がかかれば、さらに楽しみが広がるに違いない。
『夜の檸檬にリクエスト』
藤也卓巳 1巻/KADOKAWA
とある事情でローカルFMの局長である叔父の家に引きこもっていた女子大生が、ひょんなことからパーソナリティに。ラジオ局を舞台に繰り広げられる人間ドラマが心にしみる。
マンガ解説者。朝日新聞ほか各雑誌で執筆。著作に『現代マンガの冒険者たち』『メガネとデブキャラの漫画史』など。2015年より手塚治虫文化賞選考委員も務める。