2024.10.20

『おひとりさまホテル』|非日常を味わうホテルの楽しみとアラサーたちの人生ドラマ【このマンガの実写化が見たい!|南 信長】

数ある漫画の中から実写にしてほしい作品を、マンガ解説者の南 信長氏が紹介する。

『おひとりさまホテル』

非日常を味わうホテルの楽しみと
アラサーたちの人生ドラマ

 年に一回ぐらいは妻と温泉に行く。観光はいっさいせず、ただ旅館に泊まって風呂に入っておいしい料理を食べるだけ。旅行というより旅館そのものが目的だ。それと同様の楽しみ方がホテルにもあることを本作で知った。ただし、こちらは「おひとりさま」が基本である。

おひとりさまホテル 1
Ⓒまろ マキヒロチ/新潮社

 主人公は、ホテルをプロデュースする会社に勤める塩川史香(31)。当然ホテル好きで、勉強も兼ねて月イチで気になるホテルに一人で泊まるのを恒例としている。彼女が泊まるのは、もちろんビジネスホテルではなく、オーセンティックな高級ホテルやコンセプチュアルなライフスタイルホテル、観光地のリゾートホテルなど。「勉強を兼ねて」とはいうものの、仕事に追われる日々の中で、非日常的なおもてなし空間を一人占めして寛げるホテルステイは、彼女にとって何よりの癒やしなのである。

 同僚たちもやはりホテル好きで、いろんなホテルを泊まり歩く。中には週5でホテル暮らしのツワモノもいる。登場するホテルはすべて実在のもので、オークラ東京、日光金谷ホテル、サンハトヤなどの有名どころから、古民家改装ホテル、アート満載のホテル、大阪の老舗ラブホテルまで多種多彩。お目当てのホテルに至るまでの街並みや外観、エントランスから部屋に入るまでの過程、趣向を凝らした室内をあれこれチェックする様子が詳細に描かれ、まるで自分がそのホテルに泊まるかのようなワクワク感に包まれる。見開きを効果的に使い、ホテル空間を体感させる演出も鮮やか。ルームサービスやレストランの料理にもそそられる。

おひとりさまホテル 2

 立地する街の歴史的背景なども語られ、そのまま実写化しても旅&グルメ番組として見どころたっぷりになりそうだが、本作の魅力はそれだけではない。単なるホテルガイドに終わらず、元カレに今さらときめいてしまう史香の恋愛事情、同性パートナーと同居しているのに会社では彼女と住んでいると思われているゲイ男性、本国の家族との絆が頼もしくもあり面倒くさくもある韓国人女性など、史香と同僚たちの人生ドラマにもなっている。ちょっとトンチキな史香のキャラもいいし、それぞれが主役の回もあり、仕事と人生を見つめ直すアラサー群像劇として幅広い共感を得られそうだ。

『おひとりさまホテル』コミック

『おひとりさまホテル』
原案・まろ、漫画・マキヒロチ
4巻/新潮社

実在のホテルを舞台に紡がれる「おひとりさま」の物語。趣向を凝らしたホテルの魅力と、それぞれのキャラの人生が絡み合い、読めばホテルに泊まりたくなること間違いなし!

南 信長

マンガ解説者。朝日新聞ほか各雑誌で執筆。著作に『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『メガネとデブキャラの漫画史』『漫画家の自画像』など。2015年より手塚治虫文化賞選考委員も務める。

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