写真家としても活躍する奥山由之さんが自らの体験をもとに「自主映画」を制作。小規模なチームだからこそ、互いの思いを共有し合った充実の一作が出来上がった。
1991年東京都生まれ。2011年に『Girl』で第34回写真新世紀優秀賞を受賞して写真家としてデビュー。’16年に『BACON ICE CREAM』などで第47回講談社出版文化賞写真賞受賞。MVやCMの監督も務める。自身初長編となる映画『アット・ザ・ベンチ』は、全国の劇場で公開中。次回監督作に、新海誠の同名アニメーションの実写化『秒速5センチメートル』が控えている。
残しておきたかった風景と映画がとらえた特別な空気
奥山由之さんが自主制作で作り上げた映画『アット・ザ・ベンチ』。幼少期から思い入れがあったという多摩川沿いの“あるベンチ”を舞台に、全5編の会話劇が展開される。
「散歩の途中によく座っていて、どこか頼りなさげなベンチに愛着を抱くようになったんです。ただ、2年前くらいに近くで大きな橋の建設工事が始まったのを目にしたときに、変わり続ける景色の中で、変わらずそこにいるベンチを作品として残しておかないと後悔しそうだと思って、映画を撮り始めました」
奥山さんは写真やMV、CMの領域でも活動しているが、記録や表現の手段として映画を選んだのは「ベンチだけでなく、そこで繰り広げられる会話を残したかったから」。
「僕自身、このベンチで家族と何気ない会話をしたり、本作に出演してもらった友人の仲野太賀くんと悩みを打ち明けあったりした思い出がある。だから、ベンチに座る人々の会話を通して、その人たちの関係性や感情まですくい上げたいという思いがありました」
本作には生方美久、ダウ90000の蓮見翔、根本宗子という気鋭の脚本家たちが集結。「同じベンチを舞台にしながらも、1話ずつまるで異なる場所かのように、このベンチのあらゆる側面を映し出したいと思った」と奥山さん。
出演した広瀬すずさんは「視界にカメラが一切ない現場なんて、最初で最後だろうな」という現場での驚きを吐露していたが、1話ごとに撮影方法もガラッと変化している。
「広瀬さんと太賀くんの1話目は、背後から彼らを見つめたかった。背中からもお芝居が伝わってきて、本人たちの魅力も含め、今までになかった表情を映像に残せたと思います」
自主制作ゆえに豪華キャスト陣も奥山さんが自らオファー。その熱意はすさまじく、撮影現場でもチームの温かい空気が流れていた。
「撮影中、雨風が強くなってみんなでテントの下にギュウギュウで雨宿りをした瞬間があって。そうした手作り感に満ちたひとときも含めて、特別に思い出深い現場でした」