『DTOPIA』で第172回芥川賞を受賞した小説家の安堂ホセさん。「地球全体の話を描こうとした」と語る執筆の背景や現在の心境について聞いた。

小説の枠組みを壊しながら誰にでも響く物語を描きたい

「僕が小説を書くモチベーションとして、人から応援してもらうことってあまり重要ではなかったんです。でも、今回の受賞で周りの人が思いのほか喜んでくれて。今はこれも悪くないなって気持ちになってます」
昨年発表した『DTOPIA(デートピア)』が第172回芥川賞に選ばれた小説家の安堂ホセさん。デビュー作となった『ジャクソンひとり』をはじめ、マイノリティの視点から現代社会のゆがみを映し出した作品を執筆してきた。受賞作の舞台は、リゾートで開催される恋愛リアリティショー。ミス・ユニバースの白人女性をめぐり、世界中から集まった多様な「国籍」の男性陣が競い合う。
「勉強や運動といった従来の基準とは異なるところで評価されたいという欲求って、誰にでもあると思うんです。恋愛リアリティショーという設定を使えば、このエネルギーを小説に落とし込むことができるかもしれない。そう考えたことが構想のきっかけでした」

作中では登場人物の言動や心理描写を通じて、人種差別、ジェンダー、暴力など社会問題への問いかけがシームレスに展開される。同時に、物語が進むにつれて語り手の視点や現実と創作の境界すらも曖昧になっていく。
「ある社会問題について議論していると、話題が別のテーマに接近することがありますよね。そんなとき、『それは別の問題だから』って話が止まってしまうことが多いんです。でも、そこでストップせずに続ければ、さまざまなテーマが溶け合って考えが深まる場合もある。そんな可能性を追求したいと思って、今作にはとにかく内容を詰め込みました。“小説”という形式を守るために表現をセーブしたくなかった。むしろ、小説の中でどんな“破綻”を生めるのだろうと考えていた部分もあります。幅広い価値観の人物を登場させたことで、誰もが意見しやすい作品にもなりました。どういう立場の人が読んでも『自分が物語の中にいる』と感じてもらえる小説を、これからも世の中に届けたいと思います」
1994年東京都生まれ。2022年に『ジャクソンひとり』で第59回文藝賞を受賞しデビュー。同作は’23年に第168回芥川賞候補、また’24年にフランス語版となる『Juste Jackson』がマルキ・ド・サド賞の候補となった。’23年に2作目となる『迷彩色の男』を発表。「文藝 2024年秋季号」で発表した最新作『DTOPIA(デートピア)』が’24年に単行本化。同作にて第172回芥川賞を受賞。