動画配信サービスでドラマを楽しむ人が増えている。ハマってしまい、朝まで観てしまうという人も…。そんな魅力あふれる作品の中からおすすめの1本を紹介する。
ベストセラーに着想を得た多重人格サイコミステリー
オープニングで示されるとおり原案はベストセラーのノンフィクション『24人のビリー・ミリガン』。それを知った時点で多くの方が、これがいわゆる「多重人格」を扱う作品であると気づいてしまうだろう。だが筆者のように設定を踏まえたうえで鑑賞に臨んでも、なお驚きや興味は尽きなかったので安心してほしい。
1979年のニューヨークで発生した銃乱射事件。容疑者として逮捕された青年ダニーは、臨床心理士ライアの面談を受ける。少しずつ語られるダニーの過去からやがて驚くべき事実が浮かび上がる。ダニーの話に登場する人物は数多く、母親、義理の父、親友で意志の強い女性アリアナ、屈強な肉体を誇る下宿先の主人イツァク、気さくな友人のジョニーとマイク、知的な英国紳士ジャック、そしてダニーと双子のアダムと、すぐには人間関係が頭に入ってこないほど入り組んでいる。当然浮かぶのは、はたしてどこまでが実在する人物で、どこからがダニーが内的宇宙でつくりあげた人物なのか?という疑問だが、ドラマの後半になるまでそれが明かされることはない。つまり視聴者はダニーと同様に、現実と空想が混在した世界を体感することになるのだ。
多重人格(解離性同一性障害)とは、衝撃的な体験や記憶から自分自身を守る心の防衛システムだと聞く。劇中「守護天使」と呼ばれる別人格たちはダニーの危機を何度も救うが、裏を返せばそれらはすべて本人がもともともつ生命力の表れと言えるかもしれない。本作はまず非常にトリッキーなミステリーとして興味をひくものの、本質は主人公ダニーの苦痛と、葛藤の果てに訪れるわずかな希望を描く心理ドラマである。主演トム・ホランドは撮影後に長期休養を宣言したほど消耗したそうだが、それも当然と思えるほど、複数の人格を完璧に表現したその演技は繊細で同時にパワフルだ。
弱者への虐待が社会問題として取り上げられる昨今、このドラマのテーマはより重く響く。深く傷ついた人間に安易な救済はないが、本作は心の傷と闘おうとする強さも描いている。観賞後、静かな感動が残ったことは伝えておきたい。
『クラウデッド・ルーム』
監督/コーネル・ムンドルッツォほか
出演/トム・ホランド、アマンダ・セイフライド
トム・ホランドがドラマ初主演を務める心理ミステリー。銃撃事件の容疑者となった青年の人生に隠された真実とは? メイン脚本は映画『ビューティフル・マインド』でオスカー受賞のアキヴァ・ゴールズマン。Apple TV+「クラウデッド・ルーム」全10話配信中。
宇都宮秀幸
編集者・ライター。ネット配信作品のレビューサイト「ShortCuts」などで海外ドラマの紹介記事を執筆中。TBSラジオ「アフター6 ジャンクション」出演。