鬼才ポール・トーマス・アンダーソンが手がける、ちょっと不思議なロマンティックコメディ。スタンダードなラブコメ作品とはひと味もふた味も違うと話す、ふたりの見解はいかに?
終始不穏な空気漂う、ロマンティックコメディ
ーー前回に続きまして、アダム・サンドラー主演作『パンチドランク・ラブ』(2002年)です。すこし変わったラブコメ作品という印象ですが…。
ジェーン・スー(以下、スー):前回紹介した『50回目のファースト・キス』(2004年)で「男が一目惚れされるラブコメ映画ってあんまりないよね」「いやいや、『50回目のファーストキス』と同じアダム・サンドラーが一目惚れされるラブコメ映画があるよ」って話になってこれを選んだわけですが、監督がポール・トーマス・アンダーソンっていう…。
高橋芳朗(以下、高橋):現行映画界きっての巨匠だからね。6本撮った時点で世界三大映画祭のすべての監督賞を受賞してしまったという天才ぶり(笑)。
スー:と言いつつ、私はポール・トーマス・アンダーソン作品まったく詳しくないんですが。にしても、すごい映画体験でした。作品名で検索すると「ロマンティックコメディ」って出てくるし、「奥手な男性に素敵な恋人ができるまでの恋愛映画」であることに間違いはないのに、これをラブコメと呼んでいいのか、ずっと悩んでるうちに映画が終わってしまった。だって、流れている空気がずっと不穏なんだもの。観ている側が試されてる感じがしました。どこをどういじったら、人はラブコメ映画をラブコメ映画と認識しなくなるかの境界線を探られているような。ラブコメ映画の社会実験と言った方がいいかも。骨子だけはしっかりラブコメ、だけど肉付けは…。
高橋:うん、まちがいなく実験性の高い映画ではあるよね。では、ここであらすじを。「ロサンゼルスのサンフェルナンドバレー。バリー(アダム・サンドラー)は相棒のランス(ルイス・ガスマン)と共に倉庫街でトイレの詰まりを取るための吸盤棒をホテル向けに販売する仕事を営んでいる。突然キレたり泣き出したりと、精神に問題を抱える彼の最近の関心事は食品会社のマイレージ特典を利用して無料で飛行機に乗ること。そんなバリーはある朝、会社の隣の自動車修理工場に車を預けに来たリナ(エミリー・ワトソン)と出会う。実は彼女はバリーの姉の同僚で、バリーの写真を見て彼に一目惚れしたことから車の修理を口実に様子を見に来たのだった。そんなふたりはやがて親密になっていくのだが…」というお話。
スー:あらすじだけ聞くと、完全にラブコメ映画。でも、そうは問屋が卸さないんだよ。唐突だけど、『パンチドランク・ラブ』を幕の内弁当にたとえると、弁当箱の仕切りは幕の内弁当そのものなの。なのに、本来なら白飯が入っているところに大量のかまぼこが入っていたり、煮っころがしの芋がタロイモだったり、ごはんは小分けカップに入っててうっすら青い…これなに? 確かに弁当を包んでいた紙に書いてあった品目は全部入っているけど…みたいな作品でした。わかりづらいたとえでごめん。
『パンチドランク・ラブ』
監督:ポール・トーマス・アンダーソン
出演:アダム・サンドラー、エミリー・ワトソン、フィリップ・シーモア・ホフマン
公開:2003年7月26日(日本)
製作:アメリカ
Photos:AFLO
ジェーン・スー
東京生まれ東京育ちの日本人。コラムニスト・ラジオパーソナリティ。近著に『これでもいいのだ』(中央公論新社)『揉まれて、ゆるんで、癒されて 今夜もカネで解決だ』(朝日新聞出版)。TBSラジオ『生活は踊る』(月~金 11時~13時)オンエア中。
高橋芳朗
東京都港区出身。音楽ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ、選曲家。「ジェーン・スー 生活は踊る」の選曲・音楽コラム担当。マイケル・ジャクソンから星野源まで数々のライナーノーツを手掛ける。近著に「生活が踊る歌」(駒草出版)。