2020.01.31

ジェーン・スー×高橋芳朗愛と教養のラブコメ映画講座Vol.21『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』

ラブコメ映画の巨匠、リチャード・カーティス監督作品。「時間」をテーマにした愛の物語は、実はスタンダードなラブコメではなかった!?

ジェーン・スー×高橋芳朗愛と教養のラブコの画像_1

タイムトラベルを使ったSFラブコメ!?

——この連載でも何度か紹介してきたリチャード・カーティス作品、今回は『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』(2013年)です。

ジェーン・スー(以下、スー):観終わって即、スタンディングオベーションでした。さすが、『ノッティングヒルの恋人』(1999年)『フォー・ウェディング』(1994年)『ブリジット・ジョーンズの日記』(2001年)では脚本を担当し、ラブコメ映画の金字塔『ラブ・アクチュアリー』(2003年)では脚本と監督の両翼を担ったラブコメ映画の神様、リチャード・カーティス。これはもう、もろ手を挙げて大絶賛です。

高橋芳朗(以下、高橋):ホント、毎日の生き方が変わってくるようなめちゃくちゃ素敵な映画だよね。では、本題に入る前に簡単にあらすじから。「風変わりだが愛情深い家族に囲まれて育った青年ティム(ドーナル・グリーソン)は、自分に自信がなくずっと恋人ができずにいた。そんな彼は21歳の誕生日、父親(ビル・ナイ)から『一家に生まれた男たちにはタイムトラベル能力がある』と告げられる。ティムは恋人を求めてタイムトラベルを繰り返すと、やがて運命の相手メアリー(レイチェル・マクアダムス)と邂逅。タイムトラベルが引き起こした不運により一度は出会っていなかったことになってしまった二人だが、ティムはタイムトラベルを繰り返して何度もメアリーとの『出会い』をやり直し、なんとか彼女の愛をつかむことに。そして、いよいよ二人の時間が動き出すのだが…」というお話。

スー:この作品には、印象的なシーンが数え切れないほどあるのよね。ポスターにもなっているティムとメアリーの雨の結婚式のシーンなんて最高だし、ティムがメアリーと出会うために、メアリーの大好きなケイト・モスの展覧会で彼女を待つシーンも良かった。

高橋:個人的なハイライトは、メアリーとティムが愛を育んでいく過程をお互いが利用する地下鉄の駅のモンタージュで見せていくシーン。単純にラブコメならではの楽しさにあふれているし、この映画が「時間」をテーマとしていることを考えるとなかなか含蓄のある場面なのではないかと。それはこのシーンに映画の実質的な主題歌、ウォーターボーイズ「How Long Will I Love You」のバスキング版をかぶせていることからもうかがえるんじゃないかな。

スー:プロポーズの場面は何度観てもグッとくるし、そのあとクスッともさせられる。着る服が決まらないメアリーに、ティムが付き合わされるシーンも可愛くて好きだなぁ。

ジェーン・スー×高橋芳朗愛と教養のラブコの画像_2
高橋:わかる! ティムがタイムトラベル能力を持ってるからこそなんだろうけど、なにげない日々の生活の一瞬一瞬がめちゃくちゃ愛おしく感じるんだよな。 スー:でも、ウットリ可愛いってだけじゃないのよね。観たことのある人には賛同してもらえると思うけど、この作品はスタンダードなラブコメ映画ではない。もっと多面的な人間ドラマなのよ。「タイムトラベルで女の子をゲットだぜ!」から始まって、モテない主人公にバカな男友だち、イケてる女の子…って、序盤は完ぺきなラブコメ映画なんだけど。 高橋:映画の始まりからある段階まではリチャード・カーティス監督の本領発揮といえる王道ラブコメ仕様。でも終わってみるとラブコメというよりはSFヒューマンドラマといった趣なんだよね。まあ、家族の紹介から始まる映画冒頭のティムのモノローグの時点で単なる恋愛を超えた射程を持ったお話であることは示唆されているんだけどね。 スー:ラブコメ映画って、主役の二人が「どう結ばれるか」までを描くのが大前提。でもこの作品は、二人が結ばれた後を丁寧に描いていて、むしろそこからが本番なんだよね。それが、ただのラブコメ映画じゃない最大の理由かも。 高橋:リチャード・カーティスの手腕をもってすれば、ティムとメアリーが結ばれるまでのすれ違いを軸にしたタイムトラベル物のラブコメとかしれっと作れちゃいそうなんだけどね。ビル・マーレイの『恋はデジャブ』(1993年)みたいなやつ。でも、この映画は途中からティムとメアリーの恋愛のゆくえからティムの家族の話へと車線変更していくことになる。 スー:ラブコメ映画の王様、リチャード・カーティスの作品だからこそ、「ラブコメ映画とはなにか?」「ラブコメ映画にはない要素とはなにか?」を学べるポイントが多いよね。ほかにもそういう要素はあった? 高橋:さっき映画の冒頭がティムの家族の話で始まるって言ったけど、一般的なラブコメ映画ではメインのカップル以外のキャラクターの人物像はここまで丁寧に描かれないよね。あと、こないだ取り上げた『ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋』(2019年)なんかは典型例といえるけど、スタンダードなラブコメだったら順風満帆に思えた二人の愛に必ず大きな試練が訪れる。でも、このティムとメアリーに関しては特にこれといった波乱もなく結婚から出産に至ってる。でもここで引っ掛かるのはさ、これってリチャード・カーティスが監督引退を表明して作った映画なわけでしょ? やろうと思えば今までのようにストレートなラブコメで通すこともできたと思うんだけど、彼は最後の作品としてラブコメになにを加えたかったのかなって。
ジェーン・スー×高橋芳朗愛と教養のラブコの画像_3

物語に加わった“ラブコメじゃない”スパイスとは?

スー:明朗快活なラブコメ映画からの方向転換は、妹・キットカット(リディア・ウィルソン)の事故あたりからかな? キットカットの抱えている問題はとてもシリアス。そして、リチャード・カーティスはそれをシリアスなまま描くの。

高橋:ティムとメアリーの関係が安定していくにつれてキットカットの危うさが心配になるんだけど、まさに不安的中。まさかあんな展開が待ち受けていようとはね。タイムトラベル能力を駆使してキットカットに救いの手を差し伸べるティムのある判断がまた複雑な気持ちにさせられるんだよな。

スー:めちゃくちゃ生々しいよね。ラブコメ映画は適度なご都合主義があってこそなんだけど、この作品では究極のご都合主義システムである「タイムトラベル能力」があっても、いや、あったからこそ、どうにもならない問題があることを観客に突き付けてくる。あの場面、ヨシくんだったらどうする?

高橋:うーん、やっぱりティムと同じ判断をするのかな? 自分に置き換えると一段と生々しさが増してくるよ(苦笑)。

スー:私たちが考えるラブコメ映画のお約束は、1.気恥ずかしいまでの真っ直ぐなメッセージ、2.それをコミカルかつロマンティックに伝える技、3.適度なご都合主義の存在、4.「明日も頑張ろう!」と思える前向きな活力をもらえること、の4つ。『アバウトタイム』も、たとえば「子どもが生まれてからはタイムトラベルをしなくなりました」ってところがエンディングだったら、観客は「現在に大切なものができれば、過去を修正しようとしなくなる。だから現在を充実させよう」っていう真っ直ぐなメッセージを受け取ることになるけど、これはその先を行くからね。

高橋:おそらく、観ている人の多くは途中からティムがタイムトラベル能力を発揮するたびに冷や冷やしていると思うんだよね。些細なディティールを修正することによってなにかとんでもないものを失うことになってしまうんじゃないかって。そういった意味では、メアリーと出会わない道を選んでしまった序盤のタイムトラベルが引き起こしたハプニングがすごく効いてるんだよね。ひとつボタンを掛け違えたらすべて吹っ飛ぶことをみんな理解してるから。

スー:リチャード・カーティスは、「大切なものを手にすると、身動きが取れなくなることもある」ってところまで描いてるからね。充足した現在と引き換えに喪うものがあるし、究極の選択を迫られることで、大切なものに優先順位をつけさせられることにもなる。

ジェーン・スー×高橋芳朗愛と教養のラブコの画像_4
高橋:うん。前半が王道なラブコメタッチだけに余計にその部分が際立ってくるよね。 スー:恋人同士の見つめ合いだけじゃない、視点が無数にあるのよ。オーソドックスなラブコメ映画は、恋愛で頭がおかしくなって独りよがりになって視野が狭くなってナンボだもんね。 高橋:『ラブ・アクチュアリー』も広義での愛をテーマにしていたし、ラブコメという枠を超えて人生という尺を意識させるところがあったけど、でもちゃんと王道のラブコメとして成立してたよね。 スー:そうだね。この作品は『ラブ・アクチュアリー』とは決定的に違う。「大切な人の死を回避するよりも、生まれくる新しい命を選ぶ」とかね。スタートはあんなに軽妙なのに、実はテーマが重厚。『アバウト・タイム』は、ティムの成長譚なんだろうな。 高橋:うん、そう考えるとしっくりくるね。ティムは父親に「毎日を二度過ごせ」と言われてそれを実践するわけだけど、それによって彼は人生の素晴らしさに気づかされる。あのシーンは感動的だったな。自分の実人生にも影響を及ぼすレベル。なにげない日常がぜんぜん違って見えてくるよね。 スー:私もお父さんの視点には心を動かされたよ。タイムトラベラーのライフハック。あのライフハックは、私たち「非タイムトラベラー」にも十分応用できるよね。メッセージは前半と後半で変わったってことかな。 高橋:人生の瞬間瞬間の尊さみたいなところなんだろうね。ちょっと強引かもしれないけど、ラブコメディやボーイミーツガール物って二人が出会った瞬間、恋に落ちた瞬間、その思いが成就した瞬間、そういった局面をいかに甘美に描くかが肝になってくると思うし、実際それこそが人生の大きなハイライトになってくるわけだから、ラブコメ映画の神様=リチャード・カーティスの監督引退作として『アバウト・タイム』のこのテーマはすごく合点がいく。まさに言葉にすると気恥ずかしくなってくるけどさ、“いま”を丁寧に大切に生きていきたいなと。 スー:うん。通常のラブコメ映画が未来に希望を持たせるものであったり、緩慢な現実から逃避して夢を見させる役目を持つならば、これは人生の肯定力がつく作品だと言える。そうか、だから「気恥ずかしいまでのメッセージをまっすぐに伝える」っていうラブコメ映画の要素は踏襲しているんだね。

『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』

監督:リチャード・カーティス
出演:ドーナル・グリーソン、レイチェル・マクアダムス、ビル・ナイ、マーゴット・ロビー
初公開:2013年9月4日
製作:イギリス

Photos:AFLO

ジェーン・スー

東京生まれ東京育ちの日本人。作詞家、ラジオパーソナリティ、コラムニスト。現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」(月曜~金曜 11:00~13:00)でパーソナリティーを務める。近著に「女に生まれてモヤってる!」(小学館)。新刊『これでもいいのだ』(中央公論新社)が2020年1月9日に発売。

高橋芳朗

東京都港区出身。音楽ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ、選曲家。「ジェーン・スー 生活は踊る」の選曲・音楽コラム担当。マイケル・ジャクソンから星野源まで数々のライナーノーツを手掛ける。近著に「生活が踊る歌」(駒草出版)。

RECOMMENDED