ラブコメ映画の巨匠、リチャード・カーティス監督作品。「時間」をテーマにした愛の物語は、実はスタンダードなラブコメではなかった!?
タイムトラベルを使ったSFラブコメ!?
——この連載でも何度か紹介してきたリチャード・カーティス作品、今回は『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』(2013年)です。
ジェーン・スー(以下、スー):観終わって即、スタンディングオベーションでした。さすが、『ノッティングヒルの恋人』(1999年)『フォー・ウェディング』(1994年)『ブリジット・ジョーンズの日記』(2001年)では脚本を担当し、ラブコメ映画の金字塔『ラブ・アクチュアリー』(2003年)では脚本と監督の両翼を担ったラブコメ映画の神様、リチャード・カーティス。これはもう、もろ手を挙げて大絶賛です。
高橋芳朗(以下、高橋):ホント、毎日の生き方が変わってくるようなめちゃくちゃ素敵な映画だよね。では、本題に入る前に簡単にあらすじから。「風変わりだが愛情深い家族に囲まれて育った青年ティム(ドーナル・グリーソン)は、自分に自信がなくずっと恋人ができずにいた。そんな彼は21歳の誕生日、父親(ビル・ナイ)から『一家に生まれた男たちにはタイムトラベル能力がある』と告げられる。ティムは恋人を求めてタイムトラベルを繰り返すと、やがて運命の相手メアリー(レイチェル・マクアダムス)と邂逅。タイムトラベルが引き起こした不運により一度は出会っていなかったことになってしまった二人だが、ティムはタイムトラベルを繰り返して何度もメアリーとの『出会い』をやり直し、なんとか彼女の愛をつかむことに。そして、いよいよ二人の時間が動き出すのだが…」というお話。
スー:この作品には、印象的なシーンが数え切れないほどあるのよね。ポスターにもなっているティムとメアリーの雨の結婚式のシーンなんて最高だし、ティムがメアリーと出会うために、メアリーの大好きなケイト・モスの展覧会で彼女を待つシーンも良かった。
高橋:個人的なハイライトは、メアリーとティムが愛を育んでいく過程をお互いが利用する地下鉄の駅のモンタージュで見せていくシーン。単純にラブコメならではの楽しさにあふれているし、この映画が「時間」をテーマとしていることを考えるとなかなか含蓄のある場面なのではないかと。それはこのシーンに映画の実質的な主題歌、ウォーターボーイズ「How Long Will I Love You」のバスキング版をかぶせていることからもうかがえるんじゃないかな。
スー:プロポーズの場面は何度観てもグッとくるし、そのあとクスッともさせられる。着る服が決まらないメアリーに、ティムが付き合わされるシーンも可愛くて好きだなぁ。
物語に加わった“ラブコメじゃない”スパイスとは?
スー:明朗快活なラブコメ映画からの方向転換は、妹・キットカット(リディア・ウィルソン)の事故あたりからかな? キットカットの抱えている問題はとてもシリアス。そして、リチャード・カーティスはそれをシリアスなまま描くの。
高橋:ティムとメアリーの関係が安定していくにつれてキットカットの危うさが心配になるんだけど、まさに不安的中。まさかあんな展開が待ち受けていようとはね。タイムトラベル能力を駆使してキットカットに救いの手を差し伸べるティムのある判断がまた複雑な気持ちにさせられるんだよな。
スー:めちゃくちゃ生々しいよね。ラブコメ映画は適度なご都合主義があってこそなんだけど、この作品では究極のご都合主義システムである「タイムトラベル能力」があっても、いや、あったからこそ、どうにもならない問題があることを観客に突き付けてくる。あの場面、ヨシくんだったらどうする?
高橋:うーん、やっぱりティムと同じ判断をするのかな? 自分に置き換えると一段と生々しさが増してくるよ(苦笑)。
スー:私たちが考えるラブコメ映画のお約束は、1.気恥ずかしいまでの真っ直ぐなメッセージ、2.それをコミカルかつロマンティックに伝える技、3.適度なご都合主義の存在、4.「明日も頑張ろう!」と思える前向きな活力をもらえること、の4つ。『アバウトタイム』も、たとえば「子どもが生まれてからはタイムトラベルをしなくなりました」ってところがエンディングだったら、観客は「現在に大切なものができれば、過去を修正しようとしなくなる。だから現在を充実させよう」っていう真っ直ぐなメッセージを受け取ることになるけど、これはその先を行くからね。
高橋:おそらく、観ている人の多くは途中からティムがタイムトラベル能力を発揮するたびに冷や冷やしていると思うんだよね。些細なディティールを修正することによってなにかとんでもないものを失うことになってしまうんじゃないかって。そういった意味では、メアリーと出会わない道を選んでしまった序盤のタイムトラベルが引き起こしたハプニングがすごく効いてるんだよね。ひとつボタンを掛け違えたらすべて吹っ飛ぶことをみんな理解してるから。
スー:リチャード・カーティスは、「大切なものを手にすると、身動きが取れなくなることもある」ってところまで描いてるからね。充足した現在と引き換えに喪うものがあるし、究極の選択を迫られることで、大切なものに優先順位をつけさせられることにもなる。
『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』
監督:リチャード・カーティス出演:ドーナル・グリーソン、レイチェル・マクアダムス、ビル・ナイ、マーゴット・ロビー
初公開:2013年9月4日
製作:イギリス
Photos:AFLO