2019.12.09
最終更新日:2024.03.07

ジェーン・スー×高橋芳朗愛と教養のラブコメ映画講座Vol.18『セレンディピティ』

クリスマスシーズンにぴったりのラブコメ王道作品。実は…ある事件と深い繋がりがあった!?

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“運命”に導かれた!? 王道ラブコメ映画

——前回の『めぐり逢えたら』(1993年)に引き続き、“運命”がテーマの『セレンディピティ』(2001年)です。

高橋芳朗(以下、高橋):では、まずは簡単にあらすじを。「舞台はクリスマスシーズンのニューヨーク。買い物客で賑わうデパートで、偶然に同じ商品の手袋へと手を伸ばしたジョナサン(ジョン・キューザック)とサラ(ケイト・ベッキンセイル)。二人は譲り合っているうちに惹かれ合うものを感じて“素敵な偶然”という名のカフェ“セレンディピティ3”でお茶をすることに。その後一旦別れたものの、二度目の偶然の再会によって共に運命めいたものを感じはじめていた。しかし、サラはこの出会いが本当に運命なのかを試そうと、ある提案をしてジョナサンのもとを立ち去ってしまう。それから数年後、ジョナサンは別の女性と婚約。一方のサラはミュージシャンの恋人からプロポーズを受けていたが、二人はまだお互いのことを忘れられないでいた…」というお話。

ジェーン・スー(以下、スー):王道でしたね。とにもかくにも、出てくるアイテムの転がしが「ラブコメ映画のお手本」のような作品。“セレンディピティ3”のカフェだったり、黒い手袋だったり、本だったり、5ドル札だったり、サラの妹カップルだったり。細かく出てくる伏線や前振りが、すべて気持ちよく記号的に回収される。私は5ドル札のエピソードが好きだな。サラの手元に戻ってきた時、「そこでそうきたか!」って思ったもんね。

高橋:ジョナサンもサラも、とにかく忘れ物をしまくることで運命を引き寄せるんだよね。厳寒の冬のニューヨークで公園にジャケット忘れてくるとか、さすがにご都合主義がすぎるよ! と思わなくもないけどさ。でもその一方、これぞ正統派ロマンティックコメディの面目躍如だろう、という気もするんだよな。人肌恋しいこの季節、なんとかロマンスを呼び込みたいあなたは積極的に忘れ物をしてみよう(笑)。

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スー:映画を観ながら出てくるアイテムのリストを作って、どう回収されるかを確かめるのも楽しいかも。そうそう、伏線や前振りとは違うんだけど、サラとジョナサン、それぞれの恋人の配役にニヤニヤしちゃった。だって、サラの恋人役はジョン・コーベット。ジョナサンの婚約者役はブリジット・モイナハン。どちらもSATC(=『セックス・アンド・ザ・シティ』)で、キャリーとMr.ビッグにこっぴどく振られる役者よ。ジョン・コーベットはエイダン、ブリジット・モイナハンはビッグの二人目の妻。しかもこれ、SATC放送中に公開された映画だからね。偶然なのかわざとなのか知りたいわ。ヨシくんはどのシーンが好きだった? 高橋:個人的にはウォルドルフ・アストリアのエレベーターを使って二人の出会いが運命なのか偶然なのか試してみるシーンが可愛くて好きだな。高級ホテルを使って遊んでる感じが最高。そのほかにもブルーミングデールズだったりセントラルパークのスケートリンクだったり、マンハッタンの名所めぐり的な要素があるのも王道ラブコメ感を強調することにつながっているのかもしれないね。 ——王道のラブコメ映画と言えば前回の『めぐり逢えたら』ですが、共通点はありましたか? スー:思った以上にありました。テーマはどちらも「運命」か「偶然」かを問うものだし、マリッジブルー、すれ違いが甚だしい二人、遠距離、マンハッタン、クリスマス…。こう考えると、お笑いのモノボケみたい。「決まったアイテムだけで、面白いラブコメ映画作ろう!」みたいな。「偶然よりも運命を信じる」っていうサラのセリフがあったけど、『めぐり逢えたら』は逆だよね。アニーは「ただの偶然を運命と勘違いしてるだけ」からスタートしてるから。つまり、同じアイテムを使っても、登場人物に逆のセリフを言わせることができるってことだね。そういう視点で観たら、とっても楽しめたわ。 高橋:確かサラは「運命からの合図に導かれている」とも言ってたな。『めぐり逢えたら』の時にアニーが運命云々言っていても単なるマリッジブルーにしか見えなかったって話をしていたけど、この『セレンディピティ』に関しては主演のカップル揃ってマリッジブルーの気がある(笑)。それなりにサムのインフォメーションをつかんでいるアニーはまだしも、サラとジョナサンはお互いの素性をほとんど知らないのにね。でも、だからこそ運命に突き動かされてあそこまで燃えあがれるのかもしれない。
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スー:『セレンディピティ』の二人が、常軌を逸した恋愛体質であることは間違いないね。『めぐり逢えたら』は親子愛や喪失と再生とかあったけど、『セレンディピティ』は主軸が恋愛、たまにチラリ友情って感じで、それ以外の軸はなかったよね。 高橋:うん。『セレンディピティ』はお互いに運命を嗅ぎ取って、それを全力で自分のもとに手繰り寄せていく感じ。特にジョナサンはそうだけど、二人ともすごく能動的なんだよね。 スー:運命が動き出すのを待てない感は、『セレンディピティ』の方が強い。何がなんでも「運命にしてやる」という気概がすごいもの。あの暴走っぷりは、不倫カップルとかに近いよね(笑)。 高橋:お互いの素性をほとんど知らないのにここまで運命に執着するサラとジョナサンには多少違和感も覚えるんだけど、でも恋愛するのに燃えるような情熱が不可欠な人、もしくはそういう恋愛観に憧れる人がいるのはわかるというか。必死になって運命を手繰り寄せようとしているジョナサンに対して、彼の友人のディーン(ジェレミー・ピヴェン)が「俺もお前みたいにバカになりたい」って言うシーンがあったけど、これこそがこの映画の需要の核心なんじゃないかな。 スー:映画を鑑賞している側のほとんどには簡単に手放せない現実があって、そうそうバカにはなれないからね…。つまり、『セレンディピティ』は運命や情熱にあこがれる人のニーズにしっかり応えてる作品。そういう意味では、大人向け(大人のニーズ向け)映画なのかも。リアリティがなければないほどいいんだけど、ギリギリで「あるかもしれない!?」と思わせる絶妙なライン。 高橋:そうだね。また孤独感に苛まれている時ほどそういうさじ加減のものが響くんだよな。そう考えると、需要としては『めぐり逢えたら』に近いのかもしれないね。実はラブコメ需要のいちばん太いところってここなんじゃない? 『セレンディピティ』もなんだかんだラブコメ定番枠に組み込まれている印象があるし、アメリカではNBC系列でドラマ企画が進んでいるぐらいだからね。
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スー:ほんとに? 2020年にこの作品をどう料理するんだろう。 ——この作品って2001年公開(アメリカ)の作品ですからね。 高橋:それなんだけどさ、実はこの映画が全米公開されたのって9.11テロの直後、2001年10月5日なんだって。だからツインタワーが写り込んでるシーンはCGを使って急遽修正したみたい。 スー:ジョナサンを演じたジョン・キューザックのインタビューを見たよ。「9.11の後に、マンハッタンをおとぎの話の舞台にした作品を届けるのはすごく難しかった」って。当時は、マンハッタンと言えば9.11テロ。『セレンディピティ』は、その印象を払拭する役目も担っていたんだと思う。この作品がアメリカ人にとって特別なのは、ちょっと祈りにも似たようなところがあるのかもしれないね。 高橋:なるほど、マンハッタン再生のおとぎ話としてのロマンティックコメディであると。そう受け止めるとちょっと見方が変わってくるかもね。マンハッタンを舞台にしたラブコメのタッチもここを境にして微妙に変わってきてる印象があるし。うーん、まさに運命をテーマにしながら運命に翻弄された映画なんだな。 スー:公開のタイミングもあって、日本にいる私たちとは思い入れのレベルが違うのは間違いなさそう。 高橋:最後に音楽について簡単に触れておくと、ジョン・メイヤーやアニー・レノックスなどに混ざってニック・ドレイクの曲が2曲も選ばれているあたりに選者の強いこだわりを感じたな。特に「Northern Sky」が流れるシーンは「ここでニック・ドレイクかよ!」と唸らされたナイス選曲。そうそう、ヒロインの名前にちなんだホール&オーツ「Sara Smile」を使ったギャグもあるんだよね(笑)。 スー:あれは笑ったわ! それにしても、アメリカのラブコメ映画って、クリスマスシーズンものが多いよね。クリスマス、マンハッタン、そして情熱と運命。アメリカ産ラブコメ映画の4大欲求だわ。 高橋:アメリカのクリスマスを舞台にしたラブコメを立て続けに紹介してきたから、次回はイギリス産の定番『ラブ・アクチュアリー』(2004年)を取り上げようよ。時間が経ってもそれほど大きく印象が変わる映画には思えないけど…さて、どうなるでしょう?

『セレンディピティ』

監督:ピーター・チェルソム
出演:ケイト・ベッキンセイル、ジョン・キューザック、ジェレミー・ピヴェン、ブリジット・モイナハン、ジョン・コーベット
初公開:2002年11月9日
製作:アメリカ

Photos:AFLO

ジェーン・スー

東京生まれ東京育ちの日本人。作詞家、ラジオパーソナリティ、コラムニスト。現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」(月曜~金曜 11:00~13:00)でパーソナリティーを務める。近著に「女に生まれてモヤってる!」(小学館)。

高橋芳朗

東京都港区出身。音楽ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ、選曲家。「ジェーン・スー 生活は踊る」の選曲・音楽コラム担当。マイケル・ジャクソンから星野源まで数々のライナーノーツを手掛ける。近著に「生活が踊る歌」(駒草出版)。

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