1800年代のフランスが舞台のラブコメディ。現代じゃないからこそ描けるストーリー&展開に、納得です。
フランス革命後のブルゴーニュが舞台
——現在公開中のフランス映画『英雄は嘘がお好き』です。史劇ということで、今まで取り扱ったことがないジャンルですよね。
高橋芳朗(以下、高橋):ハリウッド製作のライトなロマンティックコメディの湯加減にずっと浸かっていたい自分のようなラブコメファンにとっては、フランス映画でしかも史劇となるとちょっと構えてしまうようなところがあるんだけど、これは開始10分足らずで完全に引き込まれた。19世紀のフランスが舞台であるにも関わらず、今どきなラブコメ感覚がそこかしこに反映されていて妙にわくわくさせられたな。
ジェーン・スー(以下、スー):開始5分で淀みなく過不足もなく、「主人公が妹のためにニセの手紙を書くハメになった」理由を見せてくれる。ラブコメ映画に必要な技巧が完璧に網羅されてて、完全にノックアウトされた感じ。しかも、それだけじゃないのが…。ま、これは後半に話そう。
高橋:では、ここで簡単にあらすじを。「舞台は1809年のフランス、ブルゴーニュ。裕福なボーグラン家の長女エリザベット(メラニー・ロラン)には、戦地から還らない婚約者ヌヴィル大尉(ジャン・デュジャルダン)を待つ健気な妹ポリーヌ(ノエミ・メルラン)がいた。彼女を気の毒に思ったエリザベットは、差出人をヌヴィルと偽り自分で書いた手紙を妹に届ける。ヌヴィルを戦地で活躍の末に亡くなったことにして3年が経ったある日、なんとエリザベットは街で偶然彼に遭遇。家族を騙したことを隠したいエリザベット、恋人の再登場にときめくポリーヌ、伝説の英雄に沸く街の人々。そんな状況のなか、ヌヴィルはこの偉大なる“嘘”を利用して一儲けしようと目論むが…」というお話。この序盤の展開がとにかく早くてタイトで気持ちいいんだよね。
スー:早いし速い。にもかかわらず、説明不足の穴もない。誰と誰がくっつくのか最初からわかってるのがラブコメ映画じゃない? どうやって相思相愛になるのかを観るのが醍醐味なわけだけど、今回はヌヴィルがひたすらセコい奴で…。どうしたって、好きになれないのよ。「これ、どのタイミングで恋に落ちるんだろ?」ってヒヤヒヤしたわ。でも、気を抜いたあたりでドカンとやられて、むしろ私がヌヴィルに惚れちゃったわよ。
1809年に現代の“男らしさの象徴”が描かれている!?
——今の時代では表現できない部分も多かったですよね?
スー:インターネットのない時代だからね、嘘もつき放題だったと思う。
高橋:テクノロジーが存在しない時代の不自由さをうまく活かしたお話でもあるよね。嘘の辻褄合わせだったり、いがみ合ってる者同士が共犯関係になっていく展開だったり、ラブコメのスタンダード設定を使ってこれだけおもしろく観せていく手腕も含めて本当に巧い。
スー:おっしゃる通り!
高橋:あと、ひとつスーさんに質問がある。最後の最後でヌヴィルが一切の迷いなくとったあの行動、あれって女性は幻滅しないものなの? エリザベットは笑って見ていたけど、自分もあの状況に置かれたらヌヴィルと同じ道を選びたい(笑)。
スー:まったくしなかった。エリザベットの反応も、らしくて良かったわ。ちゃんと観ている人を裏切るし、同時に期待にも応えている。あそこで左に曲がると、ヌヴィルはいらないものを背負ってしまうのよ。ヌヴィルだけじゃない、「男たちよ、右に曲がれ」って感じだよ。
高橋:ヌヴィルは戦場でもあんな調子だったのかな?
スー:いや、戦場での地獄を見たからこそでしょう。自分にとってなにが一番大切かわかったんだよ。
『英雄は嘘がお好き』
監督:ローラン・ティラール
出演:ジャン・デュジャルダン、メラニー・ロラン、ノエミ・メルラン、クリストフ・モンテネーズ、フェオドール・アトキン
新宿ピカデリーほか、全国公開中
『英雄は嘘がお好き』公式サイト
ジェーン・スー
東京生まれ東京育ちの日本人。作詞家、ラジオパーソナリティ、コラムニスト。現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」(月曜~金曜 11:00~13:00)でパーソナリティーを務める。近著に「女に生まれてモヤってる!」(小学館)。
高橋芳朗
東京都港区出身。音楽ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ、選曲家。「ジェーン・スー 生活は踊る」の選曲・音楽コラム担当。マイケル・ジャクソンから星野源まで数々のライナーノーツを手掛ける。近著に「生活が踊る歌」(駒草出版)。