高橋:時代感に関してはジェシカに「Eメールが苦手で云々」みたいなセリフがあるぐらいだもんね。でも「20年前ってまだそんな感じだったっけ?」と思ったのも事実で、あの『ユー・ガット・メール』が1998年の公開ということを考えると、こういうインターネットに対するスタンスがジェシカの問題点を示唆しているとも言えるよね。そのあたりはこれから掘り下げていくことになるだろうから後回しにするとして、まず『KISSingジェシカ』を語るうえで強調しておきたいのは挿入歌の選曲の充実ぶり。トレイラーでジル・ソビュールの「I Kissed a Girl」を使っているのもセンス良かったけど、なんといっても女性ジャズボーカルの使い方が素晴らしくて。だってブロッサム・ディアリーで始まってブロッサム・ディアリーで終わるんだよ!
スー:おお、そうなんだ。ジャズに詳しくないから是非教えて欲しい。
高橋:これはもうアメリカ製作のラブコメディとしては画期的といっても大げさにならないぐらい洒落てる。しかも、タイトルバックの「Put On a Happy Face」にしてもエンドロールの「I Wish You Love」にしても単におしゃれな曲をあてがってるだけではなくて、それぞれのジェシカの心情や境遇に寄り添ったジャズスタンダードが選ばれてるんだよね。ジェシカの「マンハッタンのかわいいアパートに住むタウン紙の編集者」って設定はラブコメ映画のヒロインとしてちょっとベタすぎというかリアリティなさすぎなんだけど、それもこの選曲からすると敢えてそうしてるんだろうなって思えてくるぐらい。インディペンデント映画の矜持みたいなものも感じるね。この映画にインスピレーションを得て作られた女性ジャズボーカルのコンピレーション『Kissing Jessica Stein: Music From and Inspired by the Motion Picture』も最高なんだよな。
スー:リアリティと言えば、ジェシカの境遇ね! ジェシカの家庭はユダヤ教徒なんだけど、昔ながらの価値観を尊重する保守的な家庭で育ち、しっかりした仕事を持っているのにシングルなことを周りから可哀相と思われ、親から男性をあてがわれそうになり、親友は妊娠し、兄は結婚し、焦った自分はブラインドデートの相手に恵まれず…と八方塞がり。でも、こういうのって日本だと今でもよく創作の題材になるじゃない? だから若い子が観ても「これは私か!?」と驚愕する部分はたくさんあると思うな。
高橋:さっき触れたジェシカの設定も含めて、そのへんは割とよくあるパターンというか間口を広くとってあるよね。
スー:ただね…観てるとだんだんジェシカに対して猛烈に腹が立ってくるんですよ。ジェシカって基本的に上から目線のジャッジメンタルな人で、誰かになにかを勧められても「私には向いてない」とか「それはダメ」とか、全部却下する。「とりあえずやってみなよ」も全部否定する。ジェシカの性格を言い表す形容詞って無限に出てくるんだけど、「普通か普通じゃないかを勝手に自分のモノサシで決める」「最高のたったひとつ、を求めすぎる」「普通・当たり前・役に立つの3つに縛られ過ぎて、考え方が不自由」「自分で体験しなくても知識があればわかると、タカをくくって傲慢」「殻を破れないくせに、殻を破った先のことを知識で解決しようとする」「型を破る方法さえマニュアル通り」などなどなど。レズビアン・セックスに対しても「本によると、こういう風にするんでしょ?」とガイド本を持ってきて当事者に直接尋ねたり。失礼だよね。これってぜんぶ自分に自信がないことの裏返しで、そういう女の典型なんだよ!