不完全なのに、パーフェクト!? 連載10回目を迎えたので、今回はラブコメ上級者向けの作品を紹介します。
どこかカルトっぽさがあるラブコメ作品
——今回の作品は『バツイチは恋のはじまり』(2012年)です。「フランス映画祭2014」で観客賞を受賞した作品ですね。
高橋芳朗(以下、高橋):まずは簡単にあらすじから。「歯科医の恋人ピーター(ロベール・プラニョル)と同棲中のイザベル(ダイアン・クルーガー)は交際10年の節目に結婚を考えるが、彼女の家には代々伝わる『最初の結婚は必ず失敗する』というジンクスがあった。ピエールとの結婚を成功させるためにはまずバツイチにならなくては、と思い立ったイザベルは、お調子者の旅行雑誌の編集者ジャン=イヴ(ダニー・ブーン)を標的に定めてとんでもない婚活計画を企てるが…」というお話です。
ジェーン・スー(以下、スー):あらすじを聞くと、非常に秀逸なラブコメ映画に違いないと思うよね。「さては離婚するために選んだ相手と盛り上がっちゃう話だね? イザベルとジャン=イヴ、どうやってめでたしめでたしになるか楽しみだなー」と思って観始めるわけですよ。で、ふたを開けてみたら「は?」の連続というか。カルトな魅力あふれるラブコメ映画だったという。なんなのあの教会の舞踏シーン…。全体的に「そこまでやる?」とか「そこは深堀りしないの!?」とか「そこでそういう演出する!?」となる展開や場面が多くて、大いに楽しく混乱できました。ラブコメ映画の方程式から微妙にズレてるのがだんだん癖になってくる。
高橋:そのズレでいきなり脱落しかけたけどね。とにかくストーリーの波に乗っかるのに時間がかかる(笑)。
スー:まずね、映画が始まってからイザベルが出てくるまでの時間、私にはちょっとかかりすぎに思えてしまい、いきなり混乱しました(笑)。誰!? 誰の話をしてるの!? って。映像としてイザベルが出てきてからはテンポは良くなっていくんだけどね。
高橋:うん。なんとかそこまではこらえてもらいたい(笑)。
スー:物語は「失恋したばかりの同僚に、妹が姉カップル(イザベルとジャン=イヴ)の話をする」というかたちで進んでいきます。場所はダイニングテーブル。座ったままの会話劇とハチャメチャな二人の行く末、この“静”と“動”のコントラストが魅力なんだけど、如何せんどこに向かって話が進んでいるのか全然わからない!
高橋:正直、ラストシーンを迎える最後ギリギリまで「いったいどんなところに着地するつもりだ?」って困惑してたんだよね。でも、最後まで観終えてめちゃくちゃ印象が変わった。「これ、ひょっとしたらカルトラブコメとして好事家に語り継がれていくかも!」って。万人に勧められる映画とは言い難いところがあるけれど、今まで体験したことのないタイプのラブコメ映画だったな。
スー:ホントそう! 予算の使い方も謎だったよね。ケニアとロシアでのロケシーンがあるわけですよ。フランスの制作だから日本から行くよりは安いとは思うんだけど…正直、そこまで行く必然性を感じない。なぜ海外ロケにそんな予算を割く!? と。しかも、アフリカとロシア、両文化の描き方がギリギリなんだよね。映ってる建造物を見る限り、本当にロシアで撮ってるわけです。なのに、ロシアに詳しいはずのジャン=イヴが「君のピロシキは一番さ!」ってロシア人に言うセリフがあったり。そんな安直なセリフあるかよ、と。丁寧に文化を描く気はないのに、なんであんな一大ロケを敢行したのかホントに謎。
粗さの中に突如出てくる人間の機微に感動!?
スー:あとさ、抱き合ったり、キスしたりっていう主役二人のフィジカルコンタクト(肉体的接触)がほとんどない。謎過ぎる。一度だけ、イザベルがロシアから帰るときにチューするじゃん。でも、それ以外では手を繋いだり、見つめ合ったりもしない。途中から「そろそろ仲の良いところ見せて!」とモヤモヤしたわ。
高橋:1950年代の古いロマンティックコメディとかだとフィジカルコンタクトがほとんどなかったりするものも結構あるよね。でも、だからこそ映えるコミュニケーションや愛情表現もあるわけで。終盤にイザベルとジャン=イヴの帽子をめぐるちょっとしたやり取りがあったでしょ? あのさりげないシーンにキュンとくるのはそれまでフィジカルコンタクトがなかったからこそだと思うんだよね。
スー:あそこは急にキュンとしたよね。この映画は、とにかくなんでも突然ぶっ込んでくる。イザベルの二番目のお父さん(イザベルのお母さんの再婚相手)がツリーハウスで娘と語り合う名シーンもそう。人間の心の機微みたいなものを唐突にぶっ込んできたね。だって、それまでのお父さんってただテーブルについてるだけの人だったじゃん。あの辺のツギハギ感も、抗いがたい奇妙な魅力を生み出している。そして、あの教会ダンスも…。
高橋:人間の機微ということでは、ジャン=イヴがイザベルの魂胆を知ってしまった直後にとる行動も切ないものがあったな。それまでひたすらただのウザい奴として描かれていた彼の人間臭さみたいなのが顕在化したのってこのシーンが最初でしょ。これも例によって突然ぶっ込まれてくるからめちゃくちゃインパクトあるんだよね。
『バツイチは恋のはじまり』
監督:パスカル・ショメイユ
出演:ダイアン・クルーガー、ダニー・ブーン、アリス・ポル、ロベール・プラニョル
日本公開:2014年9月20日
制作:フランス
Photos:AFLO
ジェーン・スー
東京生まれ東京育ちの日本人。作詞家、ラジオパーソナリティ、コラムニスト。現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」(月曜~金曜 11:00~13:00)でパーソナリティーを務める。近著に「私がオバさんになったよ」(幻冬舎)。
高橋芳朗
東京都港区出身。音楽ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ、選曲家。「ジェーン・スー 生活は踊る」の選曲・音楽コラム担当。マイケル・ジャクソンから星野源まで数々のライナーノーツを手掛ける。近著に「生活が踊る歌」(駒草出版)。