ジェーン・スーと高橋芳朗がラブコメ映画について熱く語ります! 今作は、ラブコメが大好きな人はもちろん、ラブコメを敬遠してきた男性たちにもオススメできる作品です。
ラブコメ作品内でラブコメ批評!?
——2019年2月にアメリカとカナダでのみ劇場公開されたネットフリックスオリジナル作品『ロマンティックじゃない?』です。ラブコメ嫌いな女の子がラブコメの世界に飛び込むようなお話ですが…。
ジェーン・スー(以下、スー):ラブコメ映画の気に入らないところを主人公のナタリー(レベル・ウィルソン)が全部口に出して言ってくれるから、ラブコメ映画が苦手な人も息苦しくなく観られるんじゃないかな。一方で、ラブコメ・リテラシーを持つ人にとっては笑いどころ満載のよくできた作品だよね。
高橋芳朗(以下、高橋):では、さっそくあらすじから。「幼いころラブコメの世界に憧れていた建築家のナタリーは、母親に理想を打ち砕かれてから恋愛に対して冷めた態度をとるように。そんなある日、地下鉄でひったくりにあった彼女は犯人を撃退するものの勢い余って頭を強打して気を失ってしまう。やがてナタリーは意識を取り戻すが、周囲の様子がどこかおかしいことに気づく。なんと彼女は、大嫌いなラブコメ映画の世界に迷い込んでしまったのだ。ラブコメのお約束展開に巻き込まれてうんざりするナタリーは元の世界に戻るべく奔走するが…」というお話。これはある種のラブコメ批評ともいえる映画だと思うんだけど、旧来のラブコメ映画の方法論が頭打ちになってきたからこそ出てきた作品という気はする。そういった意味では、ディズニー映画『魔法にかけられて』(2008年)のラブコメ版みたいな楽しみ方もできるのかな。ちなみに、序盤で主人公が頭をぶつけて気絶する映画は当連載がスタートしてこれで3回目(笑)。
スー:とにかくラブコメ映画の主人公は都合よく頭をぶつけるんだよな。そういうところはメタ的。同時に、「理想的なヒロイン」とされるキャラからの解放も、テーマのひとつになってるかと。ヒーロー映画のほうが一足早く呪縛からの解放を描いていたよね。等身大のままヒーローになってもいいんじゃない? と。『キック・アス』(2010年)や『デッドプール』(2016年)を始め、ヒーローにもヒーローではない人と同じように格好悪いところがあると見せてくれた作品が多くある。その波が、ラブコメ映画のヒロインにもようやく届いた感じ。たとえば「理想の男性とカップルになること」が幸せの第一条件ではなくなったり、ビューティフルの定義も変わってきている。脇役のコメディエンヌとしてじゃなく、主人公のヒロインとしてエイミー・シューマーやレベル・ウィルソンが主演を務めるのが普通になってきたもんね。
——変化で考えると、数十年前からラブストーリーの王道と言われてきた『プリティ・ウーマン』(1990年)が引き合いに出されていますね。
スー:フフフ。ナタリーがラブコメ映画の世界に飛んでってしまった時のあの衣装! そりゃナタリーがテンションだだ下がりになるのも無理ないわ。だって「ナタリーがラブコメ映画嫌いになったのは『プリティ・ウーマン』のせい」って設定だもんね。自分もいつかは…って『プリティ・ウーマン』をうっとり観ていたのに、母親から「こんなのホンモノじゃない」とぺしゃんこにされてからの恨みつらみですよ。その後の彼女に何があったのかは描かれていないけど、まぁ想像に難くないような。そして社会人になった時には、ラブコメ映画の悪口なら3時間は言える人になっていたわけです。以前紹介した『アイ・フィール・プリティ 人生最高のハプニング』(2018年)もそうだったけど、自分で自分に低い評価をつけてしまったがゆえに、世界がとても意地悪な場所に見えている人たちに勇気を与えるラブコメ映画だね。ラブコメ映画の新しい使命って、そういうことなのかもしれない。
ラブコメ愛を感じるイジワルさに悶える
スー:ツッコミ多発のコメディとしても秀逸でしたね。カラオケスナックでナタリーが歌い出すと、他のお客さんたちも自然発生的に踊りだすんだけど、「なんでみんなフリを覚えているの?」とナタリーが訝しがったりして。みんなが思ってて、心のなかにしまってること。本来ならオーディオコメンタリーでつっこむようなことを、全部ナタリーがその場でつっこむのが面白かった。そうやってメタ的に茶化すんだけど、「A Thousand Miles」が流れるとキュンとしてしまったり、ベタな展開に感情が動かされたりするわけです。うまいなぁと思いました。
高橋:うん、まさに「A Thousand Miles」の選曲なんかは本気半分イジワル半分みたいなところがあったけど、そのへんのバランスの取り方がうまいんだよね。それは作り手のラブコメ愛に裏打ちされたものでもあるんだろうな。実際、主演のレベル・ウィルソンはインタビューで監督のトッド・シュトラウス=シュルソンについて「トッドは歩くラブコメ辞典みたいだった。彼の熱意には舌を巻いたわ」と話していたからね。トッドはどんなシンボルやイメージが繰り返し使われているかを確認したくて1988年から2007年までに製作されたラブコメ映画を全部観たんだって(笑)。
Netflixオリジナル映画
『ロマンティックじゃない?』独占配信中
監督:トッド・ストラウス=シュルソン
出演:レベル・ウィルソン、 リアム・ヘムズワース、 アダム・ディヴァイン
初公開:2019年2月13日
製作:アメリカ
ジェーン・スー
東京生まれ東京育ちの日本人。作詞家、ラジオパーソナリティ、コラムニスト。現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」(月曜~金曜 11:00~13:00)でパーソナリティーを務める。近著に「私がオバさんになったよ」(幻冬舎)。
高橋芳朗
東京都港区出身。音楽ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ、選曲家。「ジェーン・スー 生活は踊る」の選曲・音楽コラム担当。マイケル・ジャクソンから星野源まで数々のライナーノーツを手掛ける。近著に「生活が踊る歌」(駒草出版)。