2019.03.05
最終更新日:2024.03.07

ジェーン・スーと高橋芳朗の愛と教養のラブコメ映画講座Vol.6『ワタシが私を見つけるまで』

「観終わった後味が最高!」と二人が熱弁する独身男女の葛藤を描いた物語。この作品の魅力とは?

ジェーン・スーと高橋芳朗の愛と教養のラブの画像_1

独身男女の“自立”物語

——今回取り上げるのは『ワタシが私を見つけるまで』(2016年)です。日本では劇場未公開の作品ですね。

高橋芳朗(以下、高橋):この映画、脚本を手掛けているのが当連載2回目で取り上げた『アイ・フィール・プリティ! 人生最高のハプニング』(2018年)の監督/脚本を務めたアビー・コーンとマーク・シルヴァースタインのコンビなんだよね。しかも、エグゼクティヴ・プロデューサーがドリュー・バリモアというどこまでも信頼のおける鉄壁の布陣。さっそくあらすじを紹介しようか。「恋人が途切れたことこそないがひとりでは背中のジッパーも上げられないアリス(ダコタ・ジョンソン)をはじめ、シングル・ライフを謳歌して毎晩パーティに明け暮れるロビン(レベル・ウィルソン)、アリスの姉で仕事一筋に生きてきた産婦人科医のメグ(レスリー・マン)など、さまざまなタイプの独身女性が登場する群像劇。ニューヨークを舞台にして、彼女たちの葛藤をユーモアも交えて軽快に描いていく」と。

ジェーン・スー(以下、スー):シンプルに言えば男と女の自立物語。シングルを肯定する映画は昔から数多く作られてきたけど、この作品は格別。男が切れたことがなかったアリスが「ひとりでいるのも悪くない」「ひとりでも私は大丈夫」ってシングル・ライフの喜びを噛みしめられるようになるまでの過程が丁寧に描かれていて好きです。

高橋:メグがしれっと『ブリジット・ジョーンズの日記』(2001年)と『SEX AND THE CITY』に言及するシーンがあったでしょ? あれは恐らくそういう独身女性を扱ってきた映画に対する牽制もあるんだろうね。

スー:2000年代のシングルガールたちは最高に楽しくて私も憧れたけど、「リアリティのないシングル・ライフ」と批判的になる人もいたからね。メグも世代的にはそのひとりなんだと思う。ほかの選択肢もあるとアリスに知ってほしいんだろうけど、彼女自身は自分の人生を後悔はしていない。そういう意味でも、いろんなタイプの女性を肯定してる。独りになるのが怖いアリス、独身満喫中のロビン、結婚したいルーシー(アリソン・ブリー)、子どもが欲しいメグ。この4人が主要登場人物で、ひとくちに独身女性といってもバラエティに富んでる。

高橋:その4人のキャラクターの紹介に当てられた冒頭のシーケンスの交通整理がすごく明快で鮮やかだったな。ルーシーがバーのカウンターでおつまみのナッツを使って「ニューヨークでいい男をみつけるのがどれだけむずかしいか」を講義するシーン、あれなんかはラブコメ映画の醍醐味のひとつだよね。あの時点で一定のレベルは超えてくるだろうとは思ったよ。とにかくテンポが良くて、洒落たダイアローグでぐいぐい引っ張っていくラブコメ映画としてはここ数年でも屈指だと思う。

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スー:トムがルーシーに「困ったらラムコークって言って」っていうシーンがあるでしょ? あれ気が利いてるよね。フランスのとあるバーでは実際に、女性客が「ホルスの目をください」ってバーテンダーに頼むと、「ナンパやセクハラをされて困ってます」って合図なんだって。そして男性が別室に案内されるというシステム。なんかの記事で読んだな。 ——ルーシーと言えば、彼女がずっと諦めずに婚活を続けてきたからこその結末に励まされるものがありました。 スー:そうそう。女性たちの中には、それこそSNSやアプリで「いい人がいるはずだ」と信じて相手を探しているけど、「もしかしたら間違っているかも…。これじゃあ見つからないのかも…」と不安に思っている人がいると思う。ルーシーはそんな彼女たちに勇気を与えてくれるの。自分を信じて真摯にやっていれば、思いもよらないところから出会いが生まれるよって。 高橋:ルーシーの恋の顛末はなかなか見応えあった。これに関しては、完全に従来のラブコメのセオリーから外れてる。でも、現実的に考えればめちゃくちゃ合点がいく展開ではあるんだよね。このあたりのリアリティのさじ加減はやっぱり2010年代モードのラブコメ映画だと思った。ラブコメ然としたご都合主義も残しつつ、締めるところはしっかり締めてる。 ――いろいろなシーンがユニークで印象的でしたけど、一番印象に残った場面はどこでしょう? 高橋:「女版ジョナ・ヒル」といった感じのロビンが絡むコメディシーンはどれも最高。特にアリスとのサウナでのやり取りはガチで爆笑したわ。映画本編で使われなかった強烈なギャグがトレーラーで観られるからぜひチェックしてほしいな。きっともうそれだけでこの映画が観たくなると思うから。女の子的には「ロビンみたいな友達がいたら最高なのに!」って感じだろうね。 スー:そうそう! ロビンがアリスに対して「あなたLTRPだわ」って言う場面。アリスは最初、自分が性病にかかったと勘違いしてしまって。 “LTRP”がなんなのかを確かめるだけでもこの作品を観る価値はあります! 視覚的なドタバタはあまりないんだけど、セリフの面白さがすごく際立つ映画だよね。
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高橋:セリフでいくと、メグがある大きな出来事を経て言う「私はひとりでもやっていけるけど、それは嫌なの」。あれは胸を打つものがあったな。 スー:グッときたね。でも、今はそういうムードなんだろうな。女性も自分でいろいろできる時代になったけれど、それでもやっぱり「誰かとやりたい」っていう…。ちょっと前だったら否定されがちだった心細い感情が肯定されるようになったのは、いいことだと思います。 高橋:あと好きなシーンということでは、マンハッタンのロケーションを活かした場面はどれも素敵だったけど、なかでもクリスマスのくだりはめちゃくちゃロマンティックだった。『恋人たちの予感』(1989年)でシングルになったメグ・ライアンが大きなクリスマスツリーをひきずって家に持ち帰る名場面があるけど、都会のクリスマスの孤独をどう描くかはラブコメ映画の腕の見せどころだと思っていて。その点において、この映画はまたひとつ忘れられないシーンを残してくれたんじゃないかな。まあとにかくファッションも含めてダコタ・ジョンソンのチャームが炸裂してるよね。彼女、もっと日本で人気が出てもいいと思うんだけどな。

主人公アリスの変化に感動

高橋:そのダコタ・ジョンソン演じる主人公のアリスの話もしておこう。彼女は「ひとりで生きてみたい」ということでボーイフレンドのジョシュ(ニコラス・ブラウン)から離れて単身ニューヨークに出てくるんだけど、端的に言うとちょっと調子こいてたわけだよね。

スー:アリスは甘えん坊なんだよ。「男が途切れたことがない」って言うけど、彼女の場合は「精神的に自立していない」ってだけだから。

高橋:ワンピースの背中のジッパーをうまく閉められなかったり、テレビのリモコンの操作がよくわからなくて間違ってつけちゃった外国語の字幕を消せなかったり。大好きな『セレステ∞ジェシー』(2013年)でシングルになったヒロインのセレステがひとりではIKEAの家具を組み立てられなくて元夫のジェシーを呼び出すシーンを思い出したな。

スー:私も『セレステ∞ジェシー』を思い出した! 長く付き合っていたパートナーを失った人にとっては、“不在”と“後悔”はセット。日常生活でふとした欠如を感じるたびに不在を再認識して、それが後悔につながる。そこをすごく丁寧に描いていたな。アリスはジョシュより優位に立っていたつもりだったけど、そうじゃなかった。ならば底つきを経て綺麗な思い出に昇華するかというとそうでもなくて…。

高橋:アリスは同じ相手に対して「ひとりになりたい」って2回言うことになるんだけど、1回目と2回目では意味合いがぜんぜん違ってくるんだよね。この映画はさっきも引き合いに出した『セレステ∞ジェシー』のさらに先を見事に描き切ってると思う。

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スー:あそこまでちゃんとアリスを落としたのはお見事。そして覚醒してからのアリスの魅力的なことと言ったら! 本当に強くなった。勇気をもらえるよね。 ——女性たちメインで話をしてきましたが、男性陣はいかがでしょう? スー:“男の三大フォビア(恐怖症)”とでも言いたくなるような現象がわかりやすく描かれていました。「真剣に付き合うのが怖い」「結婚が怖い」「失ったことを認めるのが怖い」。トムの「真剣に付き合うのが怖い」に関してヨシくんに聞きたかったんだけど、あのコミットメントフォビア的なものは何なんでしょう? 高橋:このトムの場合、ミソジニーとモラトリアムがこんがらがって、これ、こじらせると取り返しのつかないことになるんだよね。気がついたら周りに誰もいなくなってる。 スー:アリスの姉のメグも、実は「真剣に付き合うのが怖い」んだよね。失うことを過剰に恐れてしまうことには、男も女も関係ないのかも。 しかし彼女には…この先は映画のお楽しみということで! ――話を伺っていると、まさに現代型の新しいラブコメですね。 スー:主人公の恋愛がどう成就するかを楽しむ以外の作品が続々と生まれてますね。 高橋:従来のラブコメの様式美は必ずしも当てはまらないんだけど、でも昔ながらの王道的なラブコメの良さも手放さずにしっかり保持してる、そういう映画が確実に増えてきてる印象がある。アビー・コーンとマーク・シルヴァースタインのコンビは、そんなラブコメ新時代の旗手といっていいかもね。 スー:ラブコメなんだけど、アナ雪みたいな姉妹愛も描いているし、女の友情も描いているし、遊び人の男が真の愛に目覚めた瞬間も描いている。誰かひとりには感情移入できる映画だと思いました。ちょっと煮詰まっていたり、くすぶっていたり、本当にこれでいいのかなって思っている男女にオススメできそう。 高橋:気軽に観れるのがラブコメ映画の良さだけど、これに関してはちゃんと向き合って鑑賞してほしいかも。特にキツい失恋をした直後の人、失恋の痛手から立ち直れない人には男女問わず強くオススメします!

ジェーン・スー

東京生まれ東京育ちの日本人。作詞家、ラジオパーソナリティ、コラムニスト。現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」(月曜~金曜 11:00~13:00)でパーソナリティーを務める。近著に「私がオバさんになったよ」(幻冬舎)。

高橋芳朗

東京都港区出身。音楽ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ、選曲家。「ジェーン・スー 生活は踊る」の選曲・音楽コラム担当。マイケル・ジャクソンから星野源まで数々のライナーノーツを手掛ける。近著に「生活が踊る歌」(駒草出版)。

Photo:AFLO

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