「観終わった後味が最高!」と二人が熱弁する独身男女の葛藤を描いた物語。この作品の魅力とは?
独身男女の“自立”物語
——今回取り上げるのは『ワタシが私を見つけるまで』(2016年)です。日本では劇場未公開の作品ですね。
高橋芳朗(以下、高橋):この映画、脚本を手掛けているのが当連載2回目で取り上げた『アイ・フィール・プリティ! 人生最高のハプニング』(2018年)の監督/脚本を務めたアビー・コーンとマーク・シルヴァースタインのコンビなんだよね。しかも、エグゼクティヴ・プロデューサーがドリュー・バリモアというどこまでも信頼のおける鉄壁の布陣。さっそくあらすじを紹介しようか。「恋人が途切れたことこそないがひとりでは背中のジッパーも上げられないアリス(ダコタ・ジョンソン)をはじめ、シングル・ライフを謳歌して毎晩パーティに明け暮れるロビン(レベル・ウィルソン)、アリスの姉で仕事一筋に生きてきた産婦人科医のメグ(レスリー・マン)など、さまざまなタイプの独身女性が登場する群像劇。ニューヨークを舞台にして、彼女たちの葛藤をユーモアも交えて軽快に描いていく」と。
ジェーン・スー(以下、スー):シンプルに言えば男と女の自立物語。シングルを肯定する映画は昔から数多く作られてきたけど、この作品は格別。男が切れたことがなかったアリスが「ひとりでいるのも悪くない」「ひとりでも私は大丈夫」ってシングル・ライフの喜びを噛みしめられるようになるまでの過程が丁寧に描かれていて好きです。
高橋:メグがしれっと『ブリジット・ジョーンズの日記』(2001年)と『SEX AND THE CITY』に言及するシーンがあったでしょ? あれは恐らくそういう独身女性を扱ってきた映画に対する牽制もあるんだろうね。
スー:2000年代のシングルガールたちは最高に楽しくて私も憧れたけど、「リアリティのないシングル・ライフ」と批判的になる人もいたからね。メグも世代的にはそのひとりなんだと思う。ほかの選択肢もあるとアリスに知ってほしいんだろうけど、彼女自身は自分の人生を後悔はしていない。そういう意味でも、いろんなタイプの女性を肯定してる。独りになるのが怖いアリス、独身満喫中のロビン、結婚したいルーシー(アリソン・ブリー)、子どもが欲しいメグ。この4人が主要登場人物で、ひとくちに独身女性といってもバラエティに富んでる。
高橋:その4人のキャラクターの紹介に当てられた冒頭のシーケンスの交通整理がすごく明快で鮮やかだったな。ルーシーがバーのカウンターでおつまみのナッツを使って「ニューヨークでいい男をみつけるのがどれだけむずかしいか」を講義するシーン、あれなんかはラブコメ映画の醍醐味のひとつだよね。あの時点で一定のレベルは超えてくるだろうとは思ったよ。とにかくテンポが良くて、洒落たダイアローグでぐいぐい引っ張っていくラブコメ映画としてはここ数年でも屈指だと思う。
主人公アリスの変化に感動
高橋:そのダコタ・ジョンソン演じる主人公のアリスの話もしておこう。彼女は「ひとりで生きてみたい」ということでボーイフレンドのジョシュ(ニコラス・ブラウン)から離れて単身ニューヨークに出てくるんだけど、端的に言うとちょっと調子こいてたわけだよね。
スー:アリスは甘えん坊なんだよ。「男が途切れたことがない」って言うけど、彼女の場合は「精神的に自立していない」ってだけだから。
高橋:ワンピースの背中のジッパーをうまく閉められなかったり、テレビのリモコンの操作がよくわからなくて間違ってつけちゃった外国語の字幕を消せなかったり。大好きな『セレステ∞ジェシー』(2013年)でシングルになったヒロインのセレステがひとりではIKEAの家具を組み立てられなくて元夫のジェシーを呼び出すシーンを思い出したな。
スー:私も『セレステ∞ジェシー』を思い出した! 長く付き合っていたパートナーを失った人にとっては、“不在”と“後悔”はセット。日常生活でふとした欠如を感じるたびに不在を再認識して、それが後悔につながる。そこをすごく丁寧に描いていたな。アリスはジョシュより優位に立っていたつもりだったけど、そうじゃなかった。ならば底つきを経て綺麗な思い出に昇華するかというとそうでもなくて…。
高橋:アリスは同じ相手に対して「ひとりになりたい」って2回言うことになるんだけど、1回目と2回目では意味合いがぜんぜん違ってくるんだよね。この映画はさっきも引き合いに出した『セレステ∞ジェシー』のさらに先を見事に描き切ってると思う。
ジェーン・スー
東京生まれ東京育ちの日本人。作詞家、ラジオパーソナリティ、コラムニスト。現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」(月曜~金曜 11:00~13:00)でパーソナリティーを務める。近著に「私がオバさんになったよ」(幻冬舎)。
高橋芳朗
東京都港区出身。音楽ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ、選曲家。「ジェーン・スー 生活は踊る」の選曲・音楽コラム担当。マイケル・ジャクソンから星野源まで数々のライナーノーツを手掛ける。近著に「生活が踊る歌」(駒草出版)。