この13年で何が変わったのか? 主人公の生き方、振る舞いに「現代の男らしさ」が学べる作品です。
「有害な男らしさ」を体現した映画
——今回取り上げるのは『40歳の童貞男』、2006年日本公開の作品です。
ジェーン・スー(以下、スー):オススメできると思って観返してみたら…時間が経つと印象が変わるものだわね。
高橋芳朗(以下、高橋):もちろん初めて見た時と同じように笑っちゃうシーンもあるんだけど、それ以上に戸惑いを覚えることのほうが多かったな。先日、剃刀製品ブランドの米ジレットが「有害な男らしさ」を見つめ直す長尺のCMを発表して賛否を呼んだけど、今回十数年ぶりに『40歳の童貞男』を見てまさか同じテーマについて考えさせられることになるとはね。初見の時はぜんぜん気にならなかったのに。公開当時から違和感を抱いていた人も実は結構いたのかな?
スー:あのジレットのCMね。「有害な男らしさ」——’toxic masculinity’つまり「男は多少やんちゃでも強くあることが重要で、そういった“男らしさ”は社会で許容される。男だから仕方ない、と」っていう昔からの考えのこと。この作品は図らずもそれを学べる映画だったわ。なんとか主人公アンディ(スティーブ・カレル)の恋愛を実らせようと躍起になる男の同僚、ボーイズクラブと呼びたくなる連中の悪気のない有害な振る舞いからね。
高橋:ここであらすじを簡単に。「家電量販店で働くアンディは平凡ながらも充実した毎日を送っていたが、ある晩同僚のデビッド(ポール・ラッド)に誘われたポーカーの席で40歳にして童貞であることがバレてしまう。翌日からは、さっそく同僚たちによる“アンディ童貞卒業作戦”がスタート。そんななかアンディは向かいの店で働くトリシュ(キャサリン・キーナー)と急接近するが…果たして彼は“脱”童貞することができるのだろうか?」というお話。アンディは自分のライフスタイルに特に疑問を抱くことなく日々の生活をエンジョイしてるんだよね。でも同僚に童貞であることがバレた途端、フィギュア収集やテレビゲームに勤しんでいた平穏なオタクライフがおびやかされることになる。そのへんの描写は観ていてちょっと気の毒だったな(苦笑)。
時代で変わる社会規範
スー:男性の悪い例だけを話してきたけど、女性の「やってはいけないこと」も描かれているよね。パートナーの収集品を売らせるっていうやつ。二人の今後の生活のためにお互い買い物を控えるってことならまだわかるけど、本人の意思に反して売るのはやっちゃダメですよ。自戒の念を込めて言いますが、「相手を変えること」が愛情表現だと思っている女性って少なくない。トリシュもアンディに対して、今の仕事を辞めて自分の店を持って、と大きな夢を持たせて、その資金作りのために大切なものを売らせた。もっと良い未来になると思ってね。ほんと「良かれと思って」なの。でも、これって男性に対しての不当なプレッシャーでしょう。「男なら夢は大きく」も呪いだよ。もうしばらく経ったら「この女はなんて酷いことをするんだ」って全会一致すると思う。
高橋:それこそ思い込みと強迫観念があるんだろうな。自分が思春期に大切にしていたもの、拠り所としていたものを断ち切ることが大人になることの通過儀礼であって、そうしないと社会からは容認されないし、恋人に対して覚悟を示したことにもならない、みたいなさ。たまにバラエティ番組であるもんね、「いつまでこんなものに執着してるんだ!」って夫や恋人のコレクションを勝手に処分しちゃうやつ。ああいうのも見せ方としては女性のほうに正義があって、男は滑稽な存在に描かれがちだよね。
スー:あるある。女として見ていて非常に不愉快。でね、この『40歳の童貞男』、製作者がどこまでフザけていたのか、どこがナチュラルだったのか2019年にもなるとわからないわけですよ。ギョッとするシーンがあっても、笑わせるための誇張表現なのか、敢えて不愉快な思いをさせようとしているのか、それとも「当時はこれが普通」だったのか、今になると正確にはわからない。
ジェーン・スー
東京生まれ東京育ちの日本人。作詞家、ラジオパーソナリティ、コラムニスト。現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」(月曜~金曜 11:00~13:00)でパーソナリティーを務める。
高橋芳朗
東京都港区出身。音楽ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ、選曲家。「ジェーン・スー 生活は踊る」の選曲・音楽コラム担当。マイケル・ジャクソンから星野源まで数々のライナーノーツを手掛ける。