2019.01.31
最終更新日:2024.03.07

ジェーン・スーと高橋芳朗の愛と教養のラブコメ映画講座Vol.4『セットアップ:ウソつきは恋のはじまり』

動画配信サービス会社がオリジナル作品を数多く製作している昨今。ここはその波に乗り、今回はNetflix(ネットフリックス)の作品を取り上げます!

ジェーン・スーと高橋芳朗の愛と教養のラブの画像_1

注目のネットフリックス製ラブコメ作品

——今回紹介する映画はネットフリックスのオリジナル作品『セットアップ:ウソつきは恋のはじまり』です。

ジェーン・スー(以下、スー):ネットフリックスオリジナルのラブコメ映画、つまり劇場公開されていない作品ってところがポイントですね。映画館のスクリーンで観られることを前提として作られていないわけで。テレビの画面、パソコン、タブレット、スマホで観る人がほとんどだろうな。

高橋芳朗(以下、高橋):では、まずはあらすじを。「有名スポーツ記者キルステン(ルーシー・リュー)のアシスタントを務めるハーパー(ゾーイ・ドゥイッチ)。そして、同じビルにオフィスを構える大物投資家リック(テイ・ディグス)の部下チャーリー(グレン・パウエル)。ボスからの理不尽な要求に振り回され、休む暇なく仕事に追われる毎日に嫌気がさした二人は、互いの上司を恋人同士にしてしまえば自分たちに自由な時間ができるはずと意気投合。結託してキルステンとリックをくっつけようと策略をめぐらすが…」というお話。ラブコメではわりと定番の設定ですな。

スー:ストーリー自体に目新しさはないんだけど、配役や細かい設定が最新バージョンにアップデートされていたのがよかったな。例えば上司役のキルステンは、男性優位と言われるスポーツ業界で活躍するアジア系の女性ジャーナリスト。大物投資家のリックはアフリカ系アメリカ人、つまり黒人。今までのラブコメ映画だと、どちらも白人男性が配役されることが多かったよね。この作品には人種や性別のせいで嫌な思いをするシーンが描かれていないのも特徴だよね。理想主義的というより、「それらの属性が障害になる社会を変えたい」という作り手の信念を感じました。現実はそう簡単ではないだろうけど、あるべき姿を描いているんだろうな。

ジェーン・スーと高橋芳朗の愛と教養のラブの画像_2
高橋:そのあたりはリックとキルステンが部下ふたりの悪だくみにハマってヤンキースタジアムに野球観戦に行くシーンでもわかりやすく描かれていたね。キスカムに捉えられたもののキスすることを頑なに拒み続けるリックとキルステンをチャーリーがブーイングするんだけど、それが予期せず次にキスカムに映ったゲイカップルにかかってしまう。そうするとチャーリーの周りの客たちが「同性愛のなにが悪いんだ!」と彼をたしなめるというね。ちょっと露骨ではあったけど、すごく今っぽいなって思った。 スー:キスカムって、野球場のカメラがカップルとおぼしき観客を映して「キスしろ! キスしろ!」ってはやし立てるアレね。そういえば、チャーリーのルームメイトもゲイだったよね。アリアナ・グランデの元婚約者のピート・デヴィッドソンが演じてる。彼についても「お前のルームメイトってゲイなの!?」っていうような描写は一切なかったね。特別なことではなく、問われる必要もないってことを自然な描写で観せるのが、今のエンターテイメントで大切なんだと思った。

ポリコレの最新アップデートバージョン

高橋:作り手がポリティカルコレクトネスをしっかり意識するだけで、こんなにもアップデート感が出るんだね。さっきも言った通り物語の大筋はラブコメ定番の設定だし、ある意味『プラダを着た悪魔』(2006年)と『ファミリー・ゲーム/双子の天使』(1998年)をミックスさせたようなお話で特に目新しさはないんだけど、それでもちゃんと「2018年型のラブコメ映画」になってるんだよな。

スー:と同時に、ちょっと引っかかるのがキルステンとリックによる部下への無茶ぶり。パワハラレベルでしょあれは。私の知る限りだけど、アメリカの一部大手企業って日本よりずっと軍隊めいていて、上の命令は絶対なのよね。会社は「代わりならいくらでもいる」って態度だし、クビを通告されたらその日のうちにオフィスから出ていかなきゃならない。とにかくクビにならないことに必死。上司をとっちめる映画だけど、ギョッとする人はいると思う。

——アメリカの会社はこんな感じなんだと正直驚きました。そんな今っぽくアップデートされたラブコメですが、この作品で一番言いたいことって何でしょうか?

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スー:作品を通したメッセージというより、「新しいラブコメ映画ってこういうこと!」って提示されたように思いました。驚いたのは、リックのような身勝手な男がちゃんと謝るシーンを設けたり、人に助けを求めたりするシーンがあること。今までのラブコメだったら、リックみたいな人はひたすら嫌な奴で、痛い目にあって終わり。自分から部下のチャーリーに教えを乞いに行くなんてことはしなかったと思う。普段はタフガイ風情でも、間違ったりそれを認めたり謝ったりしても恥ずかしくないんだよってメッセージだろうな。 高橋:あと、ヒロインの夢と恋に対する比重の置き方が従来のラブコメ映画から大きく変わってきてる。今までは恋が成就することがヒロインのゴールになっていたわけだけど、もうそういう時代じゃないってことだよね。そもそも、ここではハーパーのチャーリーに対する想いみたいなものはたいして描かれていないからさ。逆にチャーリーがハーパーに惹かれていく過程は丁寧に見せていくんだけど、ハーパーがチャーリーのことをどう思っているのかは正直よくわからない。軸になっているのは、あくまでハーパーが自分の夢や人生とどう向き合っていくか。そういった意味では『シュガーラッシュ:オンライン』と通底するテーマなんだよね。 スー:ハーパーが迷った時に重要な役割を果たしているのが、この作品のキーパーソンと言ってもいいルームメイトのエミリー(メレディス・ハグナー)。ちょっとしか出てこないのに、ハーパーが道を間違えそうになると必ずいいことを言うの。彼女は奔放だしいろいろ明け透けだけどいい奴って設定で、これも昔だったら男がやる役。彼女は自分の結婚パーティのスピーチで良いことを言うんだよ。今までいろんな男と付き合ってきたけど、最終的に落ち着いたのはジョークのつまらない彼。でも、彼はエミリーの全てを受け入れていて、彼女もそんな彼が大好きで…。 高橋:エミリーの「人柄で好きになって、人柄に関わらず愛する」というスピーチがすごく良かった。結果的に、このスピーチがハーパーとチャーリーの未来を決定づけるようなところがあるもんね。エミリーはハーパーだけじゃなく、チャーリーにも行くべき道を示したんだよ。
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——現代のラブコメは、夢物語の恋愛ストーリーというよりは現実に寄ったものに変わってきたということでしょうか? スー:そうですね。ハーパーが悩みすぎて原稿が書けなくなった時に、エミリーが「最初の1本目の記事なんてクソに決まってるじゃない! それでも書くの。とりあえずあなたは最初のひどい原稿をあげるのよ!」って、ハーパーを枕でボコボコに殴る。今までのラブコメ映画だったら、こういうシーンの女友達は、厳しいことを言いながらも抱きしめてあげる感じ。そこも変わってきたなと思った。 高橋:細かいところだけど、ずっとスーツを着ていたチャーリーがラストシーンでどんな格好をしていたか、ぜひ注目してほしいな。ふたりの未来はそこに示唆されていると思うので。 ——昇進だけを狙っていたチャーリーが会社を辞めるという決断をしたのにも考えさせられるものがありましたね。 スー:ラブコメ映画という形態をとっているけど、本質的には「私は、ものごとは、こうあるべき」の呪いをひとつずつ解いていく物語ですね。リック、キルステン、ハーパー、チャーリーの主要登場人物全員が、自分にとって本当はなにが大切かを知るまでの道のりが描かれている。 高橋:物語の主題をどこに置くのか、時流をしっかり踏まえたうえでアップデートしていけば旧来のラブコメのフォーマットもまだまだ有効なんだってことがこの映画を通じてよくわかった。ラブコメ不遇の時代にあって、それが証明されたのがちょっとした希望になったというか、うれしかったな。 スー:ラブコメ映画って、もしかしたら過去の社会規範の上でないと成立しないのかな? って危惧があったんだけど、違いましたね。ネットフリックスのオリジナル作品、今後も期待したいです!

Netflixオリジナル映画『セットアップ: ウソつきは恋のはじまり』
独占配信中

ジェーン・スー

東京生まれ東京育ちの日本人。作詞家、ラジオパーソナリティ、コラムニスト。現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」(月曜~金曜 11:00~13:00)でパーソナリティーを務める。

高橋芳朗

東京都港区出身。音楽ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ、選曲家。「ジェーン・スー 生活は踊る」の選曲・音楽コラム担当。マイケル・ジャクソンから星野源まで数々のライナーノーツを手掛ける。

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