ハリウッドスターたちが本気でバカをやっているところがたまらない! 「これこそ観たかったラブコメ」とふたりが語る今作の魅力とは?
『ザ・ロストシティ』(2022年)
――ネットフリックスでも配信をスタートした昨年公開の話題作『ザ・ロストシティ』です。いかがでした?
ジェーン・スー(以下、スー):一見バカバカしいんだけど、実は練られてるし愛がある。こういうのが観たかった! という思いでいっぱいです。
高橋芳朗(以下、高橋):うん、何も考えずに楽しめるバカ映画をとことん丁寧に作り上げた製作者の意気が本当に素晴らしい。これは僕たちが求めるひとつの理想的なラブコメディのかたちでしょう。では、まずはあらすじから。「新作の宣伝ツアーに駆り出された恋愛小説家のロレッタ(サンドラ・ブロック)は、同行した作品の主人公ダッシュを演じるアラン(チャニング・テイタム)の軽薄な態度にイライラ。そんな苛立ちを募らせるロレッタの前に大富豪フェアファックス(ダニエル・ラドクリフ)が現れて彼女を南の島へと拉致! 彼は小説を読んでロレッタが伝説の古代都市の財宝のありかを知っていると思い込み、誘拐を実行したのだった。一方、アランは彼女を助け出そうとしてその筋の達人ジャック(ブラッド・ピット)と脱出計画を図るのだが…」というお話。
スー:私たちが提唱するラブコメの4つの条件(1.気恥ずかしいまでのまっすぐなメッセージ 2.それをコミカルかつロマンチックに伝えるテクニック 3.適度なご都合主義 4.明日も頑張ろうと思える前向きな活力を与えてくれる)を見事に満たしてるんだよ。さすが!
高橋:完璧だよね。監督自身も言及している『ロマンシング・ストーン 秘宝の谷』(1984年)のようなアドベンチャーロマンにエンパワーメント要素が入っているのが現代っぽい。
スー:確かに『ロマンシング・ストーン』っぽさはあったね。Z世代どころか30代にもさっぱりだろうけど(笑)。「なんらかの教え」とか「気づき」みたいなものが一切ないのも良い。道徳的すぎないというか、押し付けがましくないのよね。
高橋:そのへんのさじ加減は本当に絶妙。それでいてロレッタの再生とアランの成長がしっかりと描かれているのもいい。ヒロインがイニシアチブをとりつつ古代文字の解読ができるのも新鮮だった。かつてのアドベンチャーロマンスでの男女の役割が反転しているんだよね。
スー:ヒロインのロレッタは死んだ夫が忘れられない…っていう設定は鉄板といえば鉄板なんだけど、その女性には冒険心があって、知性も教養もあって、それが当たり前のこととして魅力的に描かれているのが新しいと思った。アランも最初に「知性が彼女の魅力」って言ってたしね。
高橋:冒頭でロレッタは「私はサビオセクシャル(相手の知性に性的魅力を感じること)」と公言していたけど、実はアランこそ彼女の知性に強く惹かれているという。
スー:アランは見た目はマッチョだけど、自分の弱気な部分を隠さないのが良いところ。だからこそ、ある種の転換ポイントになる「野宿後のロレッタとの朝の会話」が活きる。発言の内容自体は大したことないんだけどね。語られるなかの「ファンに失礼だ」っていうアランの言葉は、あの場面ですごく効く台詞だと思った。
高橋:自分の仕事に誇りを持てずにいるロレッタに「書きたくなければ書くな。でも駄作と言ってファンを貶めるな」と忠告するシーンね。モデルのファビオ・ランゾーニをパロディにしたアランは劇中でバービーのケンにたとえられていたけど、いわゆるジョックス的な「筋肉バカ」ではまったくない。
スー:パッと見はそうだけど、実は違うというのを、キャラクターの落差を特に強調せずに表現しているのよ。ステレオタイプではないことを、ことさらに際立たせない。そこをフックにしてしまうと、一気に古くなっちゃうんだと思うわ。あと、ロレッタがアランの気弱なところをあげつらって傷つけたりすることがないのもよかった。
高橋:うんうん。くだらないオフビートなやり取りに時間を割いてるのも最高だよね。
スー:ね! そこは特筆したい。どうでもいいことに一生懸命時間割いてる。これぞラブコメ!
高橋:あとは忘れちゃいけないブラッド・ピット。めちゃくちゃアホな役回りを嬉々として演じてる(笑)。
スー:アランに頼まれて一緒にロレッタの脱出に向かったジャック役ね。アホ過ぎて最高だった! 本気の悪ふざけ。ちゃんとカッコいいのに一瞬でいなくなるし、いなくなり方もひどいもんだし。豪華な役者陣が本気でバカをやっているから楽しいっていうのはあるね。
高橋:ブラピとサンドラとチャニングの無駄に豪華な大爆破脱出シーンとかね。もうバカすぎてバカすぎて(笑)。
スー:爆発も過剰で笑えるよね。アランは最初ダメダメなんだけど、いろいろあって…、からのあそこまでの成長ぶり。ヒロインがどんどん可愛く見えてくるのがラブコメの定番だったけど、今作はアランがどんどんカッコよく見えてくる。
――わかります。最初はブラピ(ジャック)のカッコよさにチャニング(アラン)が霞んで見えていたんですけど、最後は大好きになってました。このバージョンってあるんですね。
スー:まさに! 自分を乗り越えると素敵に見えてくることに男女の差はないのよね。
高橋:それはこの映画のすごく大事なところかも。背中のかぶれを治療するのにフェイスパックを貼られまくるくだりとか、さりげなくおかしみのあるシーンの積み重ねがどんどんアランのキュートさを増幅していくんだよな。
スー:あれはよかった! アランは何事にも一生懸命で、大事なところでロレッタの背中を押してあげられるところが素敵。ロレッタも最初はアランのことをただの「筋肉バカ」だと思っていたでしょう? パッと見でジャックに一目惚れしそうになってたし。アランも一生懸命ながら、肝心なところでビビってしまって逃走劇は散々…。さて、ロレッタはどこからアランを「男」と見始めたと思う!? 私は、ヒルに吸われて思わず下着を脱いだアランの下半身を見てから、初めて男性として意識したと思うんだけど、どうでしょう?(笑)
高橋:自分はさっきも話に出た野宿のやりとりがロレッタの心が動くひとつのきっかけになっていると思っていたけど…なるほど、それは一理あるかも(笑)。またあのヒルのシーンがくどくて最高なんだ。
スー:フフフフ。あのシーンは無駄に長いよね。制作陣はそれも分かっていて、わざとやっている感じがする。
高橋:秘境冒険物のヒルはお約束だけど、それを下ネタとして扱ったのは史上初かもしれない(笑)。
スー:下ネタらしい下ネタはあそこだけなのも笑える。そこからの、絶体絶命で崖を登りながらテンパったロレッタにアランが深呼吸をさせるところ。あそこなんですよ、ロレッタがアランを頼りにしだしたのは。うまくできてる!!
高橋:しかも、その深呼吸がクライマックスのとあるシーンで活きてくるというね…本当によくできてるわ。
スー:誘拐犯の富豪、フェアファックスを演じたダニエル・ラドクリフもめちゃくちゃで良かった。出来の良い弟と確執がある設定なのに、それについて何も描かれていないの。そこがいいのよ。それやるともたつくから。ラブコメ映画は、どこまで省けるかも腕の見せ所。これは脚本に無駄がないのよ。
高橋:それからロレッタの広報担当、ベス(ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ)の活躍ぶりも痛快。ロレッタの才能を信じ続けてきた彼女が最終的に報われるのもラブコメ的な多幸感があってよかった。そんなベスを南の島でサポートする貨物機パイロットのおっさん(オスカー・ヌニェス)が意外に頼れる男だったりするんだけど、アランも含めて従来ではヒーローになれなかったタイプの男たちが輝いているのもこの映画の大きなポイント。そういえば映画を見ているあいだはまったく気にならなかったんだけど、改めてプロフィールを見たら現在サンドラ・ブロックは58歳、チャニング・テイタムは42歳。16歳も年齢差がある。
スー:そうそう、実は大人の恋なんだよね。でも、それがテーマでもない。「私たち、歳が離れすぎてるわ」とか「もう、おばさんだし」っていう言葉が一切ないんだよ。それがすごくいいなって思って。
高橋:そうだ、これはこの映画の核心に迫る重要な情報なんだけど、実はサンドラ・ブロックは最初に脚本を読んだ段階で一度オファーを断っているんだよね。そのあと、女性視点のストーリーに変更することで製作に参加すると共に出演を引き受けた経緯がある。つまり、この脚本にはサンドラの意向が強く反映されていると考えていいんじゃないかな。もしかしたらベスをフィーチャーしたのも彼女のアイデアなのかも。
スー:素晴らしいエピソード! だから、流れが自然でよかったんだね。映画がスッキリしてる。そこは手練って感じがした。
――好きなシーンはいかがでしょう?
高橋:南の島の島民の演奏に合わせてロレッタとアランがダンスするシーンがよかった。ふたりがお互いに惹かれ合っていることを印象付けつつ、その伝承歌が財宝のありかを突き止める重要なヒントにもなっているあたりは熟練の仕事ぶり。あとこれは日本語字幕ではわかりづらいところがあるんだけど、ちょっとしたいざこざからアランがロレッタに対して「マンスプレイニング(男性が偉そうに知識をひけらかすこと)はやめてくれ!」と苦言を呈するくだり。「私は女なんだからマンスプレイニングできるわけないでしょ!」と反論するロレッタに対して「僕はフェミニストだ。男にできて女性にできないことなんてないと思ってる」と言い返すアランのとんちんかんながらも憎めない感じがおかしかった。
スー:私はブックツアーのシーンかな。アランが小説に登場する主人公ダッシュになりきって登場するシーンがくだらなすぎて好き。あと、戦車で連れ去られたロレッタを助けに行くアランね。あり得ない演出なんだけど、シンプルにかっこいいのよ。
高橋:ね! 高らかに鳴り響くヨーロッパ「The Final Countdown」の回収ぶりが鮮やかだった。オープニングのスパンダー・バレエ「True」から脱出シーンのパット・ベネター「Shadows of the Night」、そしてエンドロールに流れるトム・トム・クラブ「Genius of Love」ネタのラトー「Big Energy」まで、作り手が観客にどんな態度で映画に臨んでほしいかは80’sヒットを軸にした選曲にもよく表れていると思う。
スー:おっしゃる通り。余すところなく楽しませてくれるよね。
高橋:こうして見どころを挙げていくとキリがないんだけど、最後にひとつだけ。クライマックス、財宝をめぐるまさかの結末にフェアファックスが半狂乱になって「莫大な時間と金をかけて行き着いたのがこんなに安手の話なのか?」と絶叫するんだけど、そこでアランがボソッと「いや、深い話だよ」とつぶやくんだよね。これはちょっとメタ的というか、この『ザ・ロストシティ』という映画の魅力そのものについてのやりとりに思えてきて。
スー:うんうん、大事なのは“愛”なんだよってオチも、クラシックなラブコメ映画然としていて好きでした。
高橋:これぞラブコメの鑑! インディ映画のおしゃれなラブコメディも大好きなんだけど、やっぱり有名ハリウッドスターが出演する「よくできている」ラブコメディを定期的に観たいんだよ。
スー:わかる。疲れたときは頭を使いたくないし、なんなら心もあんまり使いたくない。だからこういうのが最高なのよ。これくらい荒唐無稽で無茶苦茶なのがもっと観たいと改めて思わされたね。「よくできている」というのがラブコメに関してだけは最高の誉め言葉だと思っていて、そういう意味ではすばらしかった。以前紹介した『ロングショット 僕と彼女のありえない恋』(2019年)以来かもねぇ。
『ザ・ロストシティ』
監督:アーロン・ニー、アダム・ニー
脚本:オーレン・ウジエル、デイナ・フォックス
出演:サンドラ・ブロック、チャニング・テイタム、ダニエル・ラドクリフ、ブラッド・ピット
公開:2022年3月25日(アメリカ)
製作:アメリカ
Photos:AFLO
PROFILE
東京生まれ東京育ちの日本人。老年の父と中年の娘の日常を描いたエッセイ『生きるとか死ぬとか父親とか』がドラマ化。近著は大人気ポッドキャスト初の公式ファンブック『OVER THE SUN 公式互助会本』。TBSラジオ『生活は踊る』(月~木 11時~13時)オンエア中。
東京都出身。著書は『ディス・イズ・アメリカ 「トランプ時代」のポップミュージック』『生活が踊る歌』など。出演/選曲はTBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』『アフター6ジャンクション』『金曜ボイスログ』など。